二百七十七日目 自分より大事
とりあえず状況の説明を頼むと、咳き込みながらも答えてくれた。
数日前、高齢者や子どもが急に呼吸困難になり倒れるという事件が各地で起こった。
あらゆる診療所や病院に患者が担ぎ込まれ、一瞬で国中の医療機関がパンクしかける状態になり、魔王様が城や王城関連の施設などを開放して倒れた人を一時的に隔離する場所を作った。
それでも場所の確保が間に合わず、それどころか体力のある大人すらバタバタと倒れはじめて国全体が麻痺している状態らしい。
彼は最初の数人が倒れた時点で俺に連絡を入れようと動いていたらしいが、なぜかどうにも繋がらなかったそうだ。
「悪い、俺が連絡を怠ってた。そんなことになってるなんて……それで、魔王様は?」
『先ほどまでここにいらっしゃったのですが、お城に戻られました。比較的お元気なご様子です』
魔王様が元気なのか。
まぁ、あの人なら確かに大抵の病気撥ね除けそうだけど。
『恐らく、魔力量が少ない者ほどこの現象に弱いのでしょう』
ああ、それなら確かに魔王様がピンピンしてることにも納得がいく。
一体何が起こっているかはわからないが、誰かに現地に行ってもらう必要はありそうだ。
話を聞いてる限り、魔力が多い人の方が良さそうだが……現状の第一候補はライトか? 治療目的とするのならソウルにも行ってもらうべきか。
俺が行けたらいいんだが、俺だと不確定要素が多すぎて予定が狂う可能性が高い。
途中で倒れたりでもすれば目も当てられない。
「死人は出ているのか?」
『いえ、まだ死者の報告はありません』
これだけの規模で倒れる人が出ているのに、死人はいない……? 魔王様の対応が早かったからか?
いや、今は考えるより行動に移すべきか。多少危険かもしれないが、このままじゃ死人が出かねない。
「わかった、報告ありがとう。今は休んでくれ。すぐにこちらから人員を派遣しよう」
『はい、お願いします……』
咳をしつつも必死に話してくれた彼には感謝だ。
「イオ、すぐに一番隊に連絡をとるから繋げてくれ。それから各国の拠点にストックしてある薬、全体の半分を魔族領に送るよう指示を出してくれ」
「良いのですか? 魔法薬を半分ともなると、かなりの出費になりますよ」
「いい。今出し惜しみしてどうする。全拠点のを半分なら、魔族領に行き渡るくらいの量あるだろう。すぐに動いてくれと通達してくれ」
イオはすぐに頷いて各地への指示をしてくれた。
魔法薬を全拠点に備蓄してある物を半分出せば、多分量は足りるだろう。
少なかったら効果の高いやつを薄めて使ってもらえればいい。これでエルク単位の金は吹っ飛ぶが、そんなの今気にするべきじゃない。
人の命が最優先だ。
恐らく拠点で待機しているであろうキリカに連絡をとる。
「キリカ、聞こえてるか?」
『マスター、どうかなさいましたか?』
「魔族領の方で原因不明の病気が蔓延しているらしい。病気かもわからんが……とにかく治療と調査に数名向かってもらいたい。治療はソウルを筆頭に、調査はライトを筆頭に任せたい。あと数名、キリカがメイドを選んでくれ。どうも魔力が少ない人は症状が酷いらしいから、なるべく多い人に任せたい」
『かしこまりました、人員の選出はお任せください』
さすがはキリカ、対応の速度が半端ない。
最初に「どういうことですか?」と聞いてこないあたり、急ぎだって理解しているみたいだ。
これでとりあえず魔族領の調査はできるだろう。俺が行ければいいんだけど……
「マスター、お疲れですか?」
「シェロ……、ああ、疲れたかもな……」
シェロが出してくれた紅茶を飲んで一息つく。
旅先であっても簡単な調理ができるようにと、馬車には小さめのキッチンが備え付けられている。
普段は大人数で移動するから俺の収納にしまってあるもっと大きな調理台を使って料理するから、実のところこうやってお茶を淹れる時くらいしか使わない。
「マスターは、いつも周りを気遣っていらっしゃる」
「そうか?」
「ええ。今もそうでしょう? ご自分がどうなっているのかも分からない、こんな状況で」
「そう言われてみれば、そうかもな……」
骨すら簡単に折れてしまう今の俺に何が起こっているのか、誰に聞いてもはっきりしない。呪いの類なのか? という推測は出ているが、あくまでも推測でしかない。
そもそも呪いは専門外すぎて何も分からないのが問題なのかもしれないけど。
「今だけはご自身の事だけを考えていただきたいのですが……きっと私が何を言っても意味がないのでしょう」
「意味がないとは言わないけど、俺は魔族領を手助けすることを止めようとはしないかな。ごめん」
「そう、ですよね。マスターは。そうでしょうね」
俺はその生き方、曲げるつもりはない。生き方を曲げてまで生きたくない。




