二百七十六日目 情報をコントロールするのが俺の仕事だ
それから暫く話していると、一人のメイドから連絡が入った。
『マスター、お待たせ致しました。第十九支部、第二十支部、第四十三仮支部の各代表、到着しました』
「おお、早かったな。急がせてすまない。とりあえずレイジュの馬車の近くで待機を頼む。詳細は連絡した時に伝えたが、何かわからないことがあったらイオに聞いてくれ」
『かしこまりました』
もう少しであっちの話し合いも終わるだろう。
彼らが「俺には頼らない」という選択肢をとった場合は呼びつけた彼女らは無意味に呼びつけただけになってしまうから、もし交渉が成らなかったら本当に申し訳ない。
【でも先に呼んだってことは、相手が断らない可能性はほぼ確定してるんでしょう?】
冷静に考えて、俺の提案を断る方がおかしい。正直、獣人の大陸に送りかえして「はい、おしまい」ってなったら一番楽なんだけど。
今の向こうの状況からして、彼らを逃げてきた戦地に送り返すのはあまりにも鬼畜すぎる選択だ。
返すというのは論外、かと言っても俺は犯罪の片棒は担げない。彼らを見逃すことはできるが、盗賊がいる事をわかっていて放置は俺の信用問題に発展しかねない。
わざと全部は倒さないように国は配慮しているのに、それをちゃんと守ると貴族から叩かれるという矛盾。
盗賊は全滅させることはできない。でも見つけたらその都度何かしら処理しないと俺の立場がさらに危うくなってしまう。それに今回の場合は特殊すぎる。
まず構成員が獣人だし、女子供の割合が異常に高い。その上彼らは俺のとはいえ貴族の馬車を襲ってしまった。
【そんなに貴族の馬車って優遇されるべきものなのかしら】
まぁ、人間なら一緒って考えるリリスにはわからないことかもね。
【あら、ただの人間と貴方の区別くらいはつくわよ】
そうですか。俺としてはもっと人という種族に興味を持って欲しいとは思うけど。
【興味ね……。全人類貴方くらい強かったら興味あるわよ】
それはもうパワーバランス崩れすぎだろ。自画自賛になっちゃうかもしれないが、俺はそこそこ強いぞ。
【だから普通の人間とは区別つくんじゃない。それで? 貴族の馬車を襲った事とあの半獣どもが今回のことを承諾することに関しての繋がりって何があるの?】
半獣って言うのは差別になるからやめろ。……今回、俺は一応貴族の紋章をつけた馬車で移動していた。
あれは国に所属しているという証になっているから襲った場合『その国への宣戦布告』となってしまう。今回はウィルドーズの紋章を掲げてたから、ウィルドーズに喧嘩売ったってことになるな。
貴族ってのは異常に体裁に気をかけてるから、今回の状況だと十中八九戦争になる。
【でも、ウィルドーズって、あの『ちびガキ』とその親の『細マッチョ』でしょう? 国を挙げた戦争なんてするのかしら】
……細マッチョって……確かにそうだけど、俺でも流石にそれ言ったら色々やばいのはわかるわ……。でも、多分やらざるを得ないことにはなると思う。いくらトップとはいえ、ゼインも一人で国の方針決めてるわけじゃない。
貴族の意見も聞かなきゃならないから、ゼインの意見がどうであれ最終的には殲滅に事が進む。そうなってしまえば俺でもどうにもならん。
だから今のうちに手を打っておくんだよ。運がいいことに、貴族で襲われたのは俺だけだ。俺が黙ってりゃどの国にも届かない。
【情報屋なのに、結構隠し持ってる情報多いわよね】
俺がやりたいのは金稼ぎじゃなくて情報のコントロールだからな。どうすれば戦争を回避できるのか、不当な差別を減らせるか、出せる情報をうまく絞って顧客に伝える努力をしないと、このギリギリの状態はすぐに崩れる。
溢れてる情報をただ拾って垂れ流してるんじゃ、俺の目的は達成できない。何を広めて何を抑えるのか、その見極めが重要なんだよ。
【なんか生意気ね、ブランのくせに】
生意気で悪かったね!?
「お待たせしました。こちらで話し合った結果なのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」
よかった。これで呼び出しが無駄にならずに済む。
「ええ。ただ、今回の件はなるべく周りに知られないように動きたいんです。すぐに移動できますか?」
「移動ですか……持ち物はほとんどないので準備には時間はかかりませんが、徒歩なのでどうしても遅くはなってしまいますが」
「ああ、それは大丈夫です。馬車を何台か用意しました。そちらに乗っていただければと」
シェロに視線を送ると、シェロが頷いて通信機を取り出した。
待機してくれているメイド達に連絡を取ってくれるんだろう。
「馬車、ですか? この短時間で?」
「はい。二時間の間に呼び寄せました。馬車は必要かと思いまして。うちの馬達は足が速いんです」
「足の速さで説明できない速さとは思うのですが……」
うちのメイドは色々と異常なんで、そこは突っ込まないでいただきたい。
その後馬車が到着し、全員が乗り込んだことを確認してからメイドの一人に地図と金を手渡した。
金は道中どうしても必要になるだろうし、とりあえず3ウルクくらい入れといた。
……三百万円って足りないかいな?
「クレア、悪いね。全部任せてしまうが、大丈夫か?」
「もちろんです。マスターのお役に立てるのなら、どこにいても馳せ参ずる所存です」
「あ、ああ。うん。ありがとう。何かあったら遠慮なく連絡してくれ。俺に上手く繋がらなければ、一番隊のメンバーに連絡してくれればいいから。金は足りなくなったらキリカに申請してくれれば俺から出す」
「御意」
……堅いな。
「トアさん、俺はちょっと事情があるんで、あとはメイドに聞いてください。最後までお付き合いできず申し訳ない」
「いえ、助かりました。このご恩はいつか必ず」
「礼ならメイド達に。俺はただ話を通しただけで、実際に動いてくれるのは彼女達なので」
トアさんが頷くと、トアさんの後ろにいたコルストさんが小さく会釈をしてきた。
メイドのクレアに合図を出すと、獣人達を乗せた馬車がゆっくり動き出す。それを見送って自分の馬車のところまで行くと、どっと疲れた。
「はぁ……なんか、凄く疲れた」
「これから本当のお仕事があります。気を引き締めてくださいね」
「あ。色々あって忘れてた……」
それから本来の目的であった魔王様への連絡を取ることにした。
大型の通信機には多少整備が必要で、いつもならここから更にちょっと時間がかかるんだけど、トアさん達との話し合いの最中に馬車で留守番してくれていたメイドのイオが整備を終えていた。
言ってもないことを察知して仕事してくれるって、有能すぎて怖いな……
そんなどうでもいいことを考えながら通信を開始すると、
「……あれ、おかしい……ノイズだらけでなんも聞こえん……? イオ、これ魔力充填されてるよな?」
「はい。確認しました。細かな点検もしましたが……」
見る限りこっちの通信機の異常はなさそうだ。とすると向こうのやつが壊れたのかもしれないな。
仕方ないので魔族領の拠点に連絡をすると、すぐに声が返ってきた。ちなみに、魔族領の方の拠点にはメイドじゃなくて執事がいる。ソウル達を除けばウチのグループで唯一の男性だ。
『マスター……ケホッ……やっと通じました』
なんで咳き込んでるんだ? 風邪か?
「どうした? 悪い、ちょっとこっちも立て込んでて連絡取れなかった。何かあったか?」
『空気が、おかしいんです……ゲホ、ゴホッ……おそらく、国全体で…… 』
「国全体……?」
問題だらけでどこから手をつければいいのか……俺はそこまで色々とできるほど頭良くないよ……。




