二百七十五日目 雑談タイム
トアさん達が話し合いをしている最中、俺は近場の拠点にいる数名のメイドに連絡をとった。この辺りだと通信機も使えるし、トアさん達が話しあいを終える二時間の間にここに到着できるだろう。
彼女達の移動速度は普通じゃないから。
なんか特別な馬を育ててるとか何とかで、やたら足が速い。
地面を走る速度でいえばレイジュより速いかもしれない。レイジュは空飛べるから本気出せば移動速度は負けないけど、馬車を引くと考えると馬達の方が速い。
だったら俺も馬で移動したほうがいいんじゃないかと思ったんだが(レイジュって目立つし)一回試したらレイジュが予想以上に拗ねて二日は引き籠りになってしまった経緯があって、レイジュでしか移動できなくなっている。
話は逸れたが、今はする事ないのでシェロと雑談中だ。
「実はマスターとお会いする前、私は時々市井の出店で売り子をやっていたんです」
「売り子? 何で?」
シェロはそこそこ地位のある貴族の令嬢だ。顔が広く、領地経営が軌道に乗っていた家だから実際の爵位よりも高い権限を持っていたはずだ。俺の場合は爵位に対して権限はかなり低いけどね。
お金に困ってたなんて聞かないし、売り子なんてやる必要なかったでしょ。
「私には二つ年上の友人がいたのですが、彼は貴族ではなく平民でした。私の別荘の一つを管理する使用人の子でして、その……どちらかというと、やんちゃな方で」
やんちゃ……どれくらいだろうか。俺も中々やらかしてる自覚あるけど、俺より酷かったりするのかな。
俺の場合は引き籠りだから方向性が違う気がするが。
「庭に落とし穴を掘って大人を嵌めたり、壁に穴を開けて隠し通路を作ったり、林檎を勝手にとって食べたり……よく叱られていました」
おお、これは悪戯の域を超えている気がする。自分の部屋改造して誰も入れないようにガッチガチに電子ロックかけた俺が言えた義理じゃないかもしれんけど。
「ただ、彼のやることは本当に面白くて。私も真似をしてよく叱られました」
君もアクティブだね……
「ですが、あまりにもやり過ぎた時は修繕費などを自分で調達しなければならなくなって、彼は稼ぐ手段として飴細工の露店をやり始めたんです」
飴細工の露店……? あ、なんか覚えがある気がする。
「それって、鳥の形の飴売ってたやつ?」
「そうです」
買ったわ……。買った覚えあるわ。ただ本当に申し訳ないことにシェロがいたかは思い出せん。
「お気付きかとは思いますが、私はそこを手伝っていました。その時にお会いしたんですが……覚えていらっしゃいませんよね」
「ごめんわからん」
「はい。そうだとは思いました」
俺が人の顔と名前覚えるの苦手なこと、よく知っていらっしゃる。
「その時、スラムの子ども達に飴を分けてあげた事は覚えていらっしゃいますか?」
「え? 飴を? あげたかもしれんし、あげてないかもしれん」
そういう事しょっちゅうやってるから覚えてない。
正直にそう言ったらシェロが少し笑った。
「ええ。実に自然に渡しているところを見て、マスターに興味を持ったのです。売っていて何ですが、平民からしてみれば結構高額なので」
砂糖が貴重だからな。値が多少高いのは仕方がない事だ。
「これ、聞いていいのかわからんかったけど、何で家を出たんだ? シェロの家の家格なら将来安泰だっただろう?」
言いたくないなら言わんでいいが、ちょっと気になっているのも事実だ。
教えてもらえるのなら知りたい。
そう伝えると、シェロはいかにも不思議そうに、
「調べていないのですか?」
と聞いてきた。俺が何でも知ってる前提ってどうなの。
まるでストーカーじゃないか! ……否定できないな……
「いや、了承を得てないのに人様の内情探れないよ。俺は確かに……ストーカーっぽいことするけど、それは要請があった時だけだし、止むを得ない場合以外はあんまり触れないようにしてるよ」
「そうだったんですね。てっきり全てご存知かと」
誰にだって触れられたくない過去の一つや二つあるでしょ。俺だって探られて良い気しないし、仲間になるのなら余計にあんまりその辺追求したくない。
指名手配犯とかじゃなければ基本来るもの拒まずの精神だからな。
「私が家を出たのは、単純に両親との意見の違いによるものです。小さな頃から様々なことを学んできましたが、大半が嫁入り修行のそれでして……貴族としては当然のことなのかもしれませんが、私はそれが嫌だったのです。結婚する、しないは自分で決めたかったのです。貴族の令嬢としては失格でしょうが、受け入れたくありませんでした」
なるほどね。俺と似た感じの子か。
そりゃキリカが発掘してくるわけだ。
「政略結婚の道具になるのが、どうにも我慢ならなかったのです。ですから、家を出ました。エステレラ家に来ることができたのは本当に幸運です」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」
ずっと、俺は家族が欲しかった。こんな大家族になるとは、思ってなかったけど。
日本にいた頃のことはあまり覚えてはいないけれど、一人だったことは何となく覚えてる。
多分、友達はいた。交友関係も特別悪くはなかったと思う。でも、親友と呼べる相手もいなかった。
どんなことでも一番には、なれなくて。苦しかった。
一番にならなくても良いじゃんって思いたかったけど、俺の親は一番を強要してきた。何もない俺を責めた。
だからだと思う。家族が……一番じゃなくても良いって言ってくれる家族が、俺は欲しかったんだ。
「俺も、君たちがいてくれる事に……とても感謝している。ありがとう」
ありがとう、って言い足りない程に俺は今の状況に満足しているよ。




