二百七十四日目 交渉
俺の提案に、トアさんは驚きつつも冷静に頷いた。
「もちろん、そんなことができるのであればお願いしたいのですが……どんなお仕事で?」
「まぁ、この人数なんで色々と分担してもらう事にはなると思いますけど、主に警備や鉱山での採掘と家事全般ですかね」
「?」
俺の持ってる山の中には鉱山がいくつかある。魔大陸にあるやつはリードが住み着いてたりするけど、今回のはこっちの大陸だ。
鉱山というからには鉱石が採れるんだが、流石にメイド達に採掘してもらう訳にもいかないので(やってって言えばやってくれるだろうけど)外注している。
鉱夫さんにお金を払って定期的に鉱石を採ってもらっているんだ。
俺もアニマルゴーレムやリリスの修理などに金属や魔石を使うし、交渉にも使えるから定期的に鉱石は必要になる。だから山丸ごと所有しているんだけど。
近頃、盗みが頻発している。山の中に入っていって自力で採ってくって言うなら、俺の財産横取りされるだけだから別にそこまで怒る事じゃないとは思うんだけど、よりにもよって鉱夫さん達が頑張って採ったやつを盗んでいくんだ。
頑張ってお仕事してくれている鉱夫さんに申し訳がない。
だが、俺も他業務で手一杯だし、何より山全体を常に見張っていられる程暇でもない。
いろんな場所の情報を常に得ているとはいえ、リアルタイムに一人で全部確認していたら情報過多で倒れる。
それに、鉱夫さんの一部は自分の家を持っているけど、大半は共同生活をしている。
そこの食事作りや家事手伝いも不足していた。
「つまり、鉱夫さんのお世話と山の警備、余裕があれば採掘も任せたい。ということで大丈夫ですか?」
「はい。とはいえ結構キツいと思います、山ですし」
生活の水準は高いとは言えない。
山丸ごと守って欲しいという面倒な仕事だし、給料もあまり多くは出せない。
「鉱夫さんは人族ですか?」
「ほとんど人族ですね。数名魔人族との混血もいますけど」
混血ではあるけど、クォーターだったりするからほぼ人族だけどね。
「……皆で考えさせていただきます。よろしいですか?」
「どうぞ。ただし、2時間以上は待てません。なるべくお早めに教えてください」
早く帰らないと皆騒ぎ出すから。
「はい。では決まりましたらまたお呼びします」
「マスター、よろしいので?」
「何が?」
「正直、私は信用できません。事情がどうあれ、盗賊ですよ」
それもそうなんだけどね。
調べても情報出てこないし、怪しさは半端じゃない。
さっき聞いた話も信憑性は低い。全部嘘の可能性も十分にある。
「マスターはご自身のことを第一に考えていただかないと。我々はマスター無しでは生きられないのですから」
「そんな大袈裟な」
俺がいなくても君たち生きてたから今ここにいるんでしょ。
「大袈裟ではありません」
きっぱり返された。そう言われるとは思ったけどね。
「シェロ。俺はチャンスは平等に与えられるべきだと思ってる」
「チャンスですか?」
「そう。生まれや育ちの環境のせいでやりたい事をやれない人なんて数え切れないほどいる。それを仕方ないって諦めるっての、どうも嫌いなんだよ」
俺はゲームが好きだ。ゲームをやるという誰もが得られるはずの権利は、俺には無いも同然だった。
たかがゲームで、なんて言われるかもしれないが、俺にはこれが人生の生きる意味だった。
生きる意味を否定されて黙ってられる程俺は優しくない。生きる支えを貶されて笑って許せる程俺は大人じゃない。
だから俺はできないからと諦めるのが嫌いだ。最後まで抵抗してやると決めたから。
「俺は優しいわけじゃないよ。チャンスを掴めなかった自分が許せないのさ。……それだけだ」
昔の自分が、今の自分の行為で救われることなんてないのに、俺はまだそう考えてる。
「マスターはお優しいですよ。……覚えていらっしゃいますか? 初めてお会いした日のこと」
「シェロは男爵家の令嬢だったよな。たしかパーティーで会ったんだっけ?」
シェロはキリカがスカウトしてきた。経緯はよく知らないけど、シェロは当時実家と不仲だったらしい。
家を出ようかと思っていたところでキリカのスカウトを受けて快諾したと聞いている。
シェロ本人とはとある貴族が催したパーティーでちょっと会話した、程度の接点だったからキリカが連れてきたときにはかなり驚いた。
「いえ、そのもっと前に一度お会いしています」
「もっと前?」
「正確には私が一方的に存じ上げていた、というのが正しいのですが、初めてお会いしたのはパーティーでお会いする二ヶ月ほど前ですね」
えっと、いつだっけ……? まだ本格的に情報屋やってない頃だよな?
各国の王族と接点を持とうと必死で走り回っていたのを思い出した。




