二百七十三日目 トア
やっと腰の調子が良くなってきました……
連れてこられた先は、森の中にある掘っ立て小屋だった。
周辺にいくつもの小屋が建っていて、軽く集落になっている。とはいえあまりいい生活を送れそうにはない。
俺の持ってるテントの方が余程暮らしやすそうだ。
「ココ、クル」
促されてシェロと二人で小屋に入ると、中には既に一人の女性が居た。
すぐにわかったが、彼女は人族だ。獣人じゃない。
俺たちを案内した獣人は彼女の後ろに回ってそのまま待機した。
「荒っぽいことをして申し訳ありません。私はトア。トア・ヘッセ・セイボリーです。後ろの彼はコルスト」
「……ブランです。付き添いの彼女はシェロネイアです」
とりあえずフルネームは避けておく。そのうちバレるだろうけど、俺のこの名前で情報屋だと気付かれることは少ない。
ブランよりブラックっていう渾名の方が有名になっちゃってるからね。
「ブラン様ですね。まず謝らせていただきたいのですが、馬車を襲ってしまい申し訳ありませんでした」
……急に謝られても。
それより事情の方が気になる。
「いくら謝られようと、不快になったのは事実です。今ここであなた方を、その身をもって断罪して差し上げましょうか?」
「シェロ、止まれ。俺たちは話を聞きに来たんだ。そんなどこぞの脳筋みたいな対処の仕方はよろしくないよ」
「……マスターが、そう仰るのなら」
シェロ連れてきたの失敗だったかな……いつか確実に暴走するよこの子。
腰の剣を抜かせないようにしないと、交渉が血祭りになってしまう。
「部下が失礼。それで、理由をお聞きしても?」
トアさんが少しの間を置いて軽く頷いた。
「コルスト達のためなのです。生きていくには、奪うしかない」
盗賊はみんなそう言うんだけど、この人たちの場合はちょっと事情が入り組んでいそうだ。
ここ周辺の国では人族至上主義の国も多い。
他民族と交流しようって受け入れている国は少数だったりする。ちなみに五大国家は割と他種族との交流がある方だ。そうじゃなきゃ俺追い出されてるしね。
だが、俺みたいに運良く他種族に紛れこめるのならともかく、隠そうにも隠せない人は大勢いる。
「獣人族というのが原因ですか?」
「……! あなたは亜人とは言わないんですね」
「自分の部下にも獣人族問わず結構他種族いますから」
俺も希少種だけどね。
ちなみに亜人というのは蔑称だ。人族以外の種族を指す。
「そう、なんですね。獣人が認められる環境なのですね」
「まぁ……そうですね」
認められるというか、認めているというか。世間一般は俺が人族じゃないって知らないだろうけど。というか知られたら大炎上する。
「あなたの仰る通り、獣人族だからです。まともな所では働けない」
「そもそもの話を聞かせてください。何故こんなにたくさんの獣人族がこの大陸に?」
普通に集落が造れるレベルの人数なんて、隠れ住んでいたにしては俺にきている情報がなさすぎる。
今この時も調べているが、この人たちに関係する事柄は何もわからない。
これだけの人数が集団生活しているのなら、何かしらの痕跡はあって当然だ。
それに関して俺の情報網で一切キャッチできていないというのも少々不自然だと思う。
「彼らは避難民で、私が助けました」
「避難?」
「少し長くなります。そちらに座ってお聞きください」
手で示された手作り感満載の木の椅子に座る。そういえば何故か立ちっぱなしで話聞いてた。
シェロは後ろで佇んだままだ。座れって言っても多分座らないのでそのまま話を聞くことにする。
「……そう、でしたか」
ざっと聞いた話によると、今獣人国は大荒れらしい。
というのも、あっちでは種族ごとの集落と長がいて、常に誰がトップかを争い合っている状態になっているのだとか。それくらいの情報なら俺も一応は知ってるんだけど、今回の件にはそれが大いに関わっているらしい。
どうやら各種族の対立が激化、もともと数の少なかったいくつかの種族が滅んだんだとか。
そのせいで滅んだ種族の数少ない生き残りが大変なことになってるらしい。滅んだのに生き残りいるの? って思ったんだけど、どうやら生き残りというよりかは別の種族に与していた混血の子達。
すっごくざっくり纏めると『種族の争いが激化して混血が追い出されてる』ということ。
特に滅んだ種族の血が混じっている子はかなり迫害を受けてきたとかで、なんとかしてこっちの大陸に逃げてきたんだとか。
あてもないまま命からがら逃げてきた彼らを偶然助けたのがトアさんだったというわけで。
トアさん自身あまり裕福でもない身の上で、彼らを養うのは到底不可能。
かと言っても身元もしれない獣人族はまともな働き口も見つからない。
そこで盗賊として道ゆく人から食料やらを奪うことをしはじめたらしい。獣人なら人族より圧倒的に体力も筋力もあるだろうし、普通に戦ったら勝てるからそれで生きてきたんだろう。
「ですが、もうその暮らしもこれまでのようですね。……どうぞ、私を捕らえてください。その代わり彼らには手を出さないでいただきたいのです」
「………」
トアさんはどうやら覚悟を決めているらしい。それはそうだ、貴族の馬車を襲ったら極刑はほぼ確実なのだから。
「お願いします、あなたに情があるのなら……!」
「うーん……考えたんですけど、知り合いのとこで働きません? みなさんご一緒に」
「え?」
獣人なら働き手としては申し分ない。それがこれだけの人数揃ってるなら、かなりの労働力になるだろうし。
売り込み先ならアテがないわけじゃない。
「どうします?」




