二百七十二日目 レイジュまで……
遅くなりました…。
盗賊に襲われるということ自体結構珍しいから、どう対処するべきかちょっと迷うな。
正確に言うと実際は盗賊ってそこそこ居るんだけど、俺はあまりその被害にあわない。
大抵の盗賊団の現在位置を把握しているからっていうのもあるけど、一応貴族用の馬車使ってるし、いつも大所帯(しかも乗ってる人ほぼメイド)で移動しているから狙われにくい。
メイドの人数からして、どう見ても商隊より引っ越しだし。
そうこう考えているうちにシェロが相手を煽り始めてしまった。
あまりよろしくないよ、その言葉遣い……怖いよ……。
……俺、出た方がいいかな?
『シェロ? 煽るのはあまり良くないと思う……』
「……ですがマスター。相手の態度に、私そろそろ限界です」
『耐えてくれ……』
この子連れてきたの失敗だったかな……そういや数年前までスラムのボスやってたって聞いた気がする……
『シェロ、俺が交渉しようか』
「いえ、マスターのお手を煩わせるほどの事ではございません。私が血祭りに」
『うん、俺の立場が危うくなるかもしれないからダメ』
流石にちょっと襲われた程度で惨殺はマズイ。個人的にもやりたくないし、シェロにもやって欲しくないし。
それに俺の場合、下手に確認もせずに動くとどっかの貴族に揚げ足を取られるリスクがある。
これも罠の可能性だって十分あるしね。
職業柄、悪いイメージが広がれば商売成り立たない。
「ハヤク、シロ。デテイケバ、コロス、シナイ」
あっちも退くつもりはないらしい。獣人だし、何かあった時には勝てるという自信があるんだろう。
まぁ、うちのメイドの中でもかなり強いシェロがいるから相当戦えないとぼろ負けするだろうけど。
今回の場合は俺が戦力外だから、俺が人質にでも取られたら一番厄介な状況になる。
そんなことになりそうだったら魔法でなんとかするけどね。筋力なくても魔法なら使えるし。
というわけで、準備してから出る。念の為フル装備。
扉を開けて外に出ると、メイドたちがギョッとしてこっちを見た。
「なっ! マスター! 何故出てきてしまったのですか⁉︎」
「いや、俺が交渉した方が早そうだし……」
「危険です! お早く中へお入りください!」
めっちゃ言われる。
今の俺、戦えないからね。そりゃ心配もされるだろうとは思ってたけど、予想以上に言われる。
「ブルルルル」
「えっ? レイジュまで戻れって言うの?」
レイジュに鼻先で扉の前まで押し戻された。従魔にまで出てくるなって言われるって主人としてどうなの。
「オマエ、ココ、イチバン?」
俺が出てきて驚いていたのか、それまで静かだった獣人が急に話しかけてきた。
「一番? ……ああ、一応この馬車は自分の所有物です」
なに聞かれたのかすぐにはわからなかったけど、多分「責任者か?」みたいなことを聞かれたんだと思う。
ジェスチャーでなんとなくそう理解した。
「ソレ、オイテケ、コロサナイ」
「先にお聞かせください。これ盗んでどうするつもりで?」
「ツカウ。オンナ、コドモ、アルク、タイヘン」
歩くのが大変、ということはここらを根城にしているわけではなく、移動をしつつ盗賊活動をしているのか?
なんのために? この辺りで張っていればそこそこ食いつなげるだろうに。
周辺には盗賊が多いとも聞かないし、どこの町からも微妙に外れてるから警備も薄いし。
でもそうしないとなると……なんの目的があるんだ?
「先に言っておきますが、この馬車は特別な物なので盗んだら位置がすぐにバレますよ。貴族の物なので使っているのを見られでもしたら、そちらさんの居場所は一気に広まります」
「ソレナラ、ウル」
「売ったら足がつきますよ。この馬車、ちょっと特殊なので。……というか、渡す気もありませんけどね」
そう言ったら、スッとメイドたちが俺の前に立った。
レイジュも数歩前に出る。……お前戦えないだろ。守ってくれようとしているのは分かるから嬉しいけど。
「それよりも聞きたいのは、何故こんなところにいるのかを知りたいですね。理由によっては見逃してもいいですよ」
さっき俺は盗賊ってそこそこ居るって言ったけど、実はどの国も盗賊退治にはあまり尽力していない。
魔物やらなんやらでそんな余裕がないというのもあるけど、スラムがあるのと同じだ。はみだし者の受け皿として盗賊は必要なんだ。
本当に食い詰めた人が最後に行き着くのが盗賊ってのはよくある話だし、それを完璧になくしてしまうと行き場のない人は死ぬしかなくなる。
だから各国、対処はしつつも大袈裟には動けない。国によっては盗賊や貧民街の人を雇って治安維持に努めるところもある。特にスラムの人は生きていくためにお金を稼ぐので大変だから、大抵の仕事を引き受けてくれるしね。
お金を持ち逃げされるとかの心配がなければ、労働力としては大きいものになる。
「……オマエ、キゾク?」
「一応は。ですが、当代のみの名誉爵ですし、平民としてもらっていいですよ」
「ソウカ……モット、チカク、ハナシタイ。コイ」
何かややこしい話なんだろうか。周りの獣人たちも困惑している。
罠の可能性が高い以上、簡単に話には乗らない方がいいんだけど。
「わかりました。ただし、お互い付き添いを一人つけましょう。それでいいですか?」
「イイ」
今回の件、何か引っかかる。情報が欲しいのはこちらも同じだし、うまく引き出せたら良いんだけど……。
交渉するのなら、ソウル連れてくるべきだった……。




