二百六十九日目 自分すら信じられない人
デュース殿下は俺のことをじっとみて、
「体調が優れない?」
心底不思議そうに聞いてきた。
まぁ、みた感じ元気そうなのは俺でもわかる。元気といえば元気だけど。
なんというか、怠いとか気持ち悪いとか体が痛いとか(左足はずっと痛いけど)そんなんじゃなくて、身体機能がまるっと落ちているだけだから体調が悪いというのは少し語弊があるかもしれないな。
普通の人間並になってるってだけだし。
そこそこ運動のできる女子高生の頃に戻っただけだから。あんま記憶ないけど。
……? あれ? じゃあ俺、なんで今人間じゃないんだ?
体全部が巻き戻ってるのなら、鬼じゃなくなってるはずだ。だけど、俺はまだ吸血鬼のまま。
「どうした」
黙り込んだ俺に対して殿下が再び話しかけてきた。
「あ、いえ。失礼しました。実のところ、今かなり体力が落ちているんです。それが解決するまでは今回の件、お引き受けすることはできません」
とりあえずそれを伝えるしかない。申し訳ないが、今の俺ではどうにもできない。記憶の面でも不安が残る。
「……そうか。なんとなく、そうかとは思ってはいたが」
「なぜかをお聞きしても?」
「お前のことはイワンから聞いていた。話と容姿が随分違ったからな。一瞬本人なのかと疑ったが」
イワン……ああ、ネベル国の第三王子だ。そういや何年か前にこの国に留学していたんだっけ。
じっちゃんとあまり仲が良くないらしい。じっちゃん曰く「天才すぎて話が合わん」のだそうだ。
ちなみに俺は何度か会ったことがあるけど、あんまり話したことはない。
第三王子ではあるが、ほぼ独立していて彼自身には王位を継ぐ気はないらしい。研究職に就いているのだとか。
主な研究対象は『水質と魔物の関係』だってことはじっちゃんから聞いたな。
「イワン様とお知り合いでしたか」
「ああ。留学に来ていた頃、偶然にもアカデミーで同期だった。あいつは天才だが、人の内面を見抜くのもうまい。お前のことは『自分すら信じられない人』と言っていた」
軽く挨拶したことある程度の仲だから全然知らなかった。
それにしても『自分すら信じられない』とは、なんとも悲しい人みたいになってるじゃないか。
……まぁ、事実かもしれないけど。
「それで、要件がそれだけなら帰していただきたいのですが。この件を他国に流すかどうか、内密に漏らすかなどは今この段階では決断できません。せめて何か行動を起こすにせよ止めるにせよ情報を集めなければ」
「……わかった。今日のところは良い。また後日連絡をとる」
「今度はもっと平和な方法で呼び出してください。というか、なんで自分は盗みを働いたことになってたんです?」
ああ、それは。とデュース殿下が大した事でもないと告げる風な調子で、
「実際国宝が盗まれて、お前たちが街に来たタイミングが同じだったからな。お前たちならば忍び込んで盗むなど難しい事ではないだろう? 既に国の上層部では証拠もないのにお前の処分を検討している者もいる」
「……は?」
え?
なにそれ? 何でこんなに落ち着いてるのこの人?
今回俺が呼び出された、というか連れてこられたのはこの人が呼び出したいがために『俺が盗みを働いた』ってでっちあげた嘘じゃなくて?
「安心しろ。お前の嫌疑は晴らした。お前ではないことは最初からわかっていたがな。あまりにも杜撰な入り方だったので、お前ではないとは思っていた。念の為聞くがお前ではないな?」
「違います」
だって国宝盗んだところで大したメリットないもん。
金ならあるし、たかだか宝物庫の国宝数点盗むくらいだったらもっと合法的な方法で手に入れる。
それより『白黒の情報屋』が盗みをしたという事実が広がる方がよっぽど怖い。
俺達情報屋にとっては信じてもらえなくなるという事が最も恐ろしい。
情報ひとつ取っても、もし虚偽の情報を伝えてしまえば、評価に結びついた瞬間に信頼関係は一気に崩れてしまう。しかも情報とは『ナマモノ』だ。
新鮮さがなくなれば一気に値崩れするし、中身がしっかりしていなければ買ってもらえない。
正直、これと言った理由もなく情報屋をやっている人の頭の中がどうなっているのか俺が知りたい。
俺の場合は一応理由があったからだけども。
その理由も大したものでもないけどね。
「まぁ、そうだろうな。お前が盗みを働く意味がない」
「そうですね。正直、国宝数点は要らないです」
要らないものは手に入れない。必要なものが必要な数だけあればいい。
俺の部屋に仕事道具しかないのはそんな考え方が意味している。仕事で使わないもので自分のものって言ったら薬くらいだな多分。あとベッド。
「お前の言葉に嘘はないな?」
「ありません。情報屋ですから」
「なるほど、理解した。では部下に送らせよう。拘束して悪かったな」
デュース殿下の部下に送ってもらって家に帰ると、ドアを開けるなりレクスが飛びついてきた。
「ブラック! 余は心配で眠れなかったぞ!」
「いや俺が連れてかれた時寝てただろお前……」
眠れなかった、というより二度寝できなかった、という方が正しいのでは?
しかもまだ昼間だし。
レクスと話していると、エルヴィンがやってきた。
「ブラン。何があったのか話してくれ」
「ああ、話すよ。皆いる?」
「いや、ソウルとライトは少々外に出ている。メイドも数人買い出しに。キリカなら奥にいる」
思ったより皆普通に過ごしてんな⁉︎
俺一応国際級の犯罪起こしたって事で連れてかれたんだけどね⁉︎
意外と心配してくれてる人少なかった。
「ブランがそんなことをするなど、誰も考えていなかったからな。誤認であることは間違いないのだから、時間は有効的に使おうという話になったのだ」
「ああ、そういうこと……」
すごい信頼関係。俺嬉しいよ。
ただ、俺がいなくてもこの家なんとかなりそうってのが分かってちょっと寂しい。皆優秀なのは分かってたけど。分かってたけどね!
その後、家にいるメンバーになんで俺が連れて行かれたのかを話した。
ただ、ゼインとレクス、スベンさんも居たのでデュース殿下と話したことは伝えなかった。これは後で家族だけで共有してからキチンと調べることになるだろう。
アニマルゴーレムは既に数匹確認に向かわせている。
「我々が街に入ったタイミングで国宝が盗まれるなど……狙ったとしか思えないな」
「そこはなんとも言えないな。情報が少なすぎるし、俺は現場見てないから」
侵入の痕跡残してる時点で、手慣れてない感は滲み出ている。
ただ、エルヴィンの言う通りタイミングが良すぎる。
最初から俺に罪を被せるつもりで盗んできたのかもしれない。その場合、俺たちがこの街に来るという情報を前もって仕入れる事ができるやつが犯人ということになりそうだけど……
ちょっと候補が多すぎるな。
俺は拠点を移動したりする際は各国に連絡を入れている。
もし何かあった時のために引っ越し先を教えておくんだ。
ただ、自分自身恨みを買っている自覚はある。そこから逃れるために引越しを繰り返しているところもあるので、各国のトップかそこに近い役割の人にしか教えてないけど。
それでも候補が多すぎるんだよね。ちょっと探るにはこっちの人出が足りなくなるのは目に見えている。
仕方ないけどこの件は放置でいいか。この国の問題だし、この国で対処してもらおう。
多分俺がやってないってことは分かってもらえたと思うし。多分。




