二百六十三日目 カーバンクル
まだまだソウルのターンです。
それからも次々と珍しい品が出てきては落札されていった。
「出ませんね……命の雫」
「まぁ、あったら儲けもの、くらいの気持ちで丁度いい。そもそも出回る数が異様に少ない希少品だ。出てこないと考える方が普通だろう」
それもそうかな。僕たちは今日何が出品されるかまるで知らないから。
各地ではきっとメイドたちが情報をかき集めてくれているだろうし、いつかは見つかると思う。
「そういえば……何でみんなメイドなんでしょうかね?」
「急にどうした?」
「いや、前にブランさんも言ってたんですけど……何でうちに残って働いてくれるのかなって。助かりますけど、彼女たちも好きなことをやればいいのに」
メイド達の大半は人身売買で捕まってしまった人や、様々な理由で生活がままならなくなってしまった人だ。恩義を感じているのはわかるけど、どう見ても皆ブランさんに人生捧げてるってちょっと異常な気がする。
「私は彼女らではないから詳しくはわからないが……だが、私が彼女達の立場であっても同じ選択をするだろうな」
「同感です」
? そこまですることなの?
「でも、ある程度のお金は渡してますよ? 別に働かなくてもどこにでも行けるのに」
実はブランさん、助けた人にはそこそこの金額を渡して「家に帰れるよ」と伝えている。普通に暮らせば一ヶ月は生きられるくらいのお金を全員に配っている。
実際、今まで助けた人の中でもそのお金で家に帰った人もいる。全員男性だけど。
「感覚が違うからわからないかもしれないが。違法な取引の人身売買の類は、売られたら最後死んだ方がマシと思えるほどの苦痛を伴うことが多い」
「主やソウル様は気軽に人を助けられますが……それが彼女達のどれだけ大きな支えになっているか、ご存知ないでしょう? 一度捕まってしまうと、貴族とのゴタゴタに巻き込まれたりする可能性が高いので誰も助けに来ようとはしないのです」
そういえば、ブランさんが何度か人身売買に関わっていた貴族の家を破壊したりしてたけど……
普通の人間なら、あんなことできないもんね。助けたくても、その後どうなるかわからないから手を出せないでいるってことか。
「絶対にこないと思っていた助けが来た時、それはどんな言葉で表現したらいいのかわからないほど嬉しいと感じる。いや、嬉しいとは少し違うか……何年もの間ずっと手を伸ばして掴もうとしていたものをやっと掴めた時、というのが一番近いか……?」
……そういえば、エルは子供の頃にメイド達と似た境遇にあったって言ってたな。助けてくれた恩人の子供をずっと探しているのだとか。でもほとんど情報がないから、ブランさんも探せていない。
名前すらほとんどわかっていない上に、星の名の一族だからいまだにその本名すら隠している場合がある。
これが普通に持ち込まれた依頼なら、確実に断るほどの難易度の高さだ。
各国に拠点があり、それぞれで情報収集をしてもらってはいるけど、この国含め、拠点がない国もまだまだある。
生きているかもわからない人を一人探し出すのは相当に難しい。
……それに、エルはもう半分諦めている。口では探し出すと言ってはいるけど……
「ソウル様。舞台上をみてください」
「え?」
ライトに言われて舞台の方を見てみると、小さな檻に入れられた子犬くらいの大きさの動物が出品されていた。
体つきは狐に似ていて、頭のてっぺんにある大きな耳がぴくぴくと動いている。尻尾は自分の体の長さと同じくらいでかなり長い。つぶらな瞳で周囲を観察しているが、かなり怯えているのがわかる。全身を覆う灰色の毛はかなりふわふわしていて、ブランさんなら抱きつきに行きそうなくらい手触りが良さそうだ。
だけど、僕が気になったのはその動物の可愛さではない。
「カーバンクル……!」
「やはりお気づきになりましたか。額の宝石は見えませんが、カーバンクルでしょう」
カーバンクルは額に真っ赤な宝石をつけている聖獣だ。ゲームでの動物は魔獣と一括りにされがちだけど実は細かく分類分けされていて、初期に設定されるランダムステータスで決められた個々人の相性によって使役できたりできなかったりする。
ちなみにブランさんが精霊や天使を全く召喚できないのはこのランダムステータスが『悪魔系統極振り』をしてしまったからだと思う。このステータスは隠し要素だから、あくまでも推測でしかないけど。
話が逸れたけど、カーバンクルは聖獣カテゴリの動物だ。聖と名がつくことからわかると思うけど、ブランさんが全く召喚できない類の動物だ。
戦闘力は高くはないけど、その可愛さから女性プレイヤーにはとても人気が高い。
ただ、戦うことは得意でない代わりにかなり便利な能力を持っている。索敵能力が非常に高いんだ。
大きな耳で音を聞き分け、鋭い嗅覚で危険を察知する。洞窟などの視界が悪いエリアではかなり重宝された。
「なんだ、カーバンクルがどうかしたのか? 珍しいは珍しいが……」
「カーバンクルって、ゲームでは命の雫を取りに行くクエストではほぼ必須の召喚獣だったんですよ。ブランさんの場合は頑丈さで大抵の場合どうにでもなりますけど、普通の人はそんなゴリ押し戦法使えなかったので、敵との遭遇を減らすために連れていく人がほとんどだったんです」
命の雫がここで手に入らないかもしれない可能性が高い以上、もしゲームと同じクエストが発生する場所があったとしたら、カーバンクルは必要だ。それに、その索敵能力だけみても有用性は高い。
そうこうしているうちに競りが始まる。
「どうする、やるか?」
「……迷ってる暇なさそうなんでやりましょう」
「わかりました。ではいくらにしますか?」
今の最高額は3ウルクと400イルク。パネルを操作して金額を入力する。
とりあえず4ウルク。
4ウルクと200イルク。4ウルクと600イルク。5ウルク。
「お、おい。大丈夫か? 相当釣りあがってるぞ」
「僕のお小遣いだけでも10ウルクあります。それにこれは悪い買い物ではないですよ」
最終的に5ウルクと300イルクで落札した。
コツコツ貯めたお小遣い半分なくなったけど……うん。悪い買い物じゃない、よね。




