二百五十九日目 俺は貴族じゃない
遅くなりました……
命の雫をどうにかして見つける方法がないか、と俺の作った道具経由で各地のメイド達に尋ねてみたものの……
「収穫なしかぁ……そもそも素材がマイナーだから知ってる人も少ないだろうし」
どっかの医学系の魔法書に載ってるかな、くらいの素材だ。
正直得られる方法があまりにも限定的な上に扱いも難しいから、一般的な医療知識では必要ないとされている。
あればすごく便利だけども。
いろんな国の拠点にいるメイド達の一部には俺のアニマルゴーレムを渡している。
悪用しやすい上にメンテナンスなんかも面倒な虫型は流石に渡していないけど、猫とか鳥とかは彼女らの操作で動かせるよう設定してある。
基本的に偵察用だけどね。一応戦えるけどそんなに強くないし。
だから大抵の周辺状況は彼女達に聞けばなんとなく分かる。
意外と人間って『人』しか見えていない。内密な話であっても、塀の裏に猫がいたところで気にもしない。
情報を漏らさないよう徹底しているのならともかく、噂話程度ならすぐに届く。
これがあるから『白黒の情報屋』として有名になれたんだけど。大抵の情報ならすぐに入ってくるし、探るのも難しくない。
だけど、流石にここまで希少な素材のデータは中々ないんだよな……
「ブランさん。少し休んだらどうですか? 今は何が起こるかわからないんですから」
「ぁあ……そうだな」
まだ引っ越したばかりであまり片付いていない自室で悶々としていると、ソウルが紅茶を持ってきてくれた。蜂蜜が入っているのか、ポットから注がれる甘い匂いが部屋にふわりと広がる。
ソウルは書類の山を崩さないように慎重に机の上にカップとソーサーを置いた。
「少しは片付けたらどうです?」
「わかってるけど、気が進まなくてさ……それに、命の雫を探さなきゃいけないし」
一口飲んで息をつく。蜂蜜独特の香りが鼻の奥に残った。
いつからか、この家では俺に出す紅茶には蜂蜜が入った状態で出てくる。
多分砂糖を入れすぎるからそうなったんだと思うけど、今ではもうそれがいつなのかわからない。
記憶がどんどん溢れている気がする。そのうち全部忘れたらどうしようって、最近ずっと考えてる。
体が巻き戻ることより、そっちの方が……怖い。
「どうしました?」
「いや………なんでもない。それより、ソウルっていつから俺に敬語使うようになったんだっけ?」
「え、なんでですかいきなり」
「別に答えたくないならいいけど」
「そういうわけじゃないです。いつだったかな……ちょっと待ってください、思い出すんで」
数秒黙り込み、ああ、と声をあげる。
「この世界に来て割とすぐですね。なんていうか、ブランさんってセドリックに近い体つきになってたじゃないですか。だから昔の癖が出てたんですよ多分。流石にこの格好で女口調はどうかと思ったんで」
ソウルはここに来る前、ゲームでは女口調で女として俺と接していた。俺と真逆。
そんなことすら、はっきり思い出せない。
「……そっか。悪い、変なこと聞いて」
「はい。なんか変ですよ最近。やっぱり疲れてるんじゃないですか?」
「そうかな……そうかもな……うん。もう寝るわ」
とりあえず今は情報を集めたところで無駄だろう。とりあえず寝て、明日また命の雫の情報を探すしかない。
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
ソウルは紅茶のポットと空のカップを持って出て行った。
とりあえずざっと机の上のもの纏めてから寝るか……
朝起きると、目の前にレクスがいた。
「…………なんで俺の部屋にいるのか、教えてくれるか?」
「ブラックが寝坊したからな! 起こしに来たぞ」
「ああ……そりゃどうも……」
起こしに来た人がなんで布団に潜り込んできているのかは疑問でしかないが、まぁいい。
顔を洗っていると、キリカが部屋に入ってきた。
「おはようございます、マスター。こちら本日のお召し物です」
「おはよう。いつも言ってる気がするけど、そこらに置いておいてくれればいいから」
「いえ。私共でお世話させていただきたく思います」
髪を解かされたりしている間、なぜかレクスがじっとベッドに座ってこっちを見ている。
「なんか恥ずかしいから見ないで欲しいんだけど……」
「? 何が恥ずかしいんだ? 普通だろう」
「いや、レクスの感覚はよくわからん」
そもそも生活環境が全く違うからな。俺は一般人だけど、レクスは王族だし。
そう言うと、キリカが軽くため息をついた。
「私から言わせていただきますと、マスターはもう少し貴族の方々の感性に近付いていただけると、とても嬉しいのですが」
えー? 貴族の感性ってなんだそれ?
「例えば?」
「そうですね。もう少しお召し物にご興味を持たれ、そしてお化粧なされては? なんでもお一人でしようとせず、我々にお任せいただければとも思います。主に雑用ですが」
「俺そんなに雑用してないよ」
そう言うと、レクスが驚愕の表情でこっちを見てきた。なんだその顔は。
「貴族として言わせてもらうぞ、ブラック。普通の貴族なら買い物にはいかないし、ましてや値引き交渉なんてしない。賭博場に顔も出さないし、公園のゴミ拾いもしないぞ」
「賭博場の方はなんで知ってんだと言いたいが……そこは置いておくとして。買い物くらい行くだろ」
「専用の高級店ならな。ブラックの感覚は庶民的すぎる」
あと一応言っておくが、別に賭博やってないからね?
情報屋として仕事するときにたまに場所借りるだけだからね? たまーにお小遣いちょっと賭けるけども……
「別にいいだろ俺はちゃんとした貴族じゃないんだから」
「貴族だぞ」
だって形だけの名誉爵とか誰も貴族として扱ってないって。特に貴族は。
俺のこと貴族だって認めてない人が大半だし、俺にとっても別にそれで全然構わないし。
「「……はぁ……」」
……なんかこの二人に呆れられてるのがすごく悔しいんだが……




