二百五十八日目 痛む傷
とりあえず必要なものの半分は集まった。
だが、もう半分は稀少性も高い素材が多いし、街ではなかなか見つからないだろう。
現地調達も視野に入れなきゃな……
「とりあえず各地の拠点に連絡入れたし、運がよけりゃ手に入るかな」
ただ問題なのは、
「主、この『命の雫』とは?」
「それなんだよなぁ、一番厄介なやつ」
命の雫とは、極々稀に上級天使や上級精霊が生み出す宝石のことだ。
素材としてはめちゃくちゃ便利で、これがあれば大抵の薬が作れるらしい。
薬剤の調合は苦手だからあんま知らんけど。
「ゲームでは高難易度クエストのレアドロップアイテムでしたよね」
……そうだっけ? ダメだちょっと思い出せない。
「確か精霊を一定地点まで護衛するっていうクエストで、クリアすると稀に命の雫が落ちるっていう」
『へー。案外楽に手に入りそうね』
「いえ、そのクエスト自体がプレイヤーの要求レベルが高い上に、装備の制限や召喚獣を使用できないという縛りがあってそんなに簡単じゃないですよ。まぁ僕は魔法職のレベルが高いので比較的簡単にクリアしましたけど」
装備に制限があるのなら、あまり装備に左右されない魔法職は適任……なのか?
正直ゲームの頃のシステムの記憶が曖昧で、よく思い出せない。
「ブランさんもクリアしてましたよね? めちゃくちゃ苦労したって言ってたけど」
「えっ⁉︎ そ、そうだったかなぁ? あんま覚えてないや」
俺に会話振られると思ってなかったー!
でも苦労したっていうのはなんとなくわかる。
俺、頑丈なだけで攻撃力そんな高くないし結構装備頼りなところがあるから、装備に制限があるとそんなに強くない。
稀少なもの集めるのは好きだから色々持ってるのが運のいいところだ。
「でもこの世界にはそんなクエストありませんしね……あったとしても、あれレアドロップなんで滅多に落ちないんですよ」
となると、正攻法で集めるしかないわけだが。
「上級精霊か上級天使に知り合いがいれば楽なんだが……」
いるわけがない。
俺は精霊や天使に避けられてる。悲しいくらいに。
呼び出しは拒否される、なんか知らんが見下してくる、話通じない奴が多い(主に天使)せいで契約してくれてるのはピネ一人という。
「俺、なんで避けられるの?」
『なんていうか……近付きたくないって本能的に感じるというか……レクスが砂漠のオアシスだとしたら、ソウルはその辺のちょっと緑の多い公園で、ブランはマグマの近く……って感じ』
俺は溶岩なの⁉︎
そりゃ近付きたくないよね……
「あ、レクスは適正高いんだ?」
『かなり高いわよ。心地いいもの』
ますますヘコむ。
俺……レクスに負けてる……しかも本気で……
「主。私にとっては主の魔力はとても心地よいです」
「……うん……」
フォローしてくれるのは有り難いけど、悪魔のお墨付き貰ってもなぁ……。
今欲しいのは天使か精霊のお墨付きだ。
マグマの近くに好んで来る物好きの一人がピネだったということだろう。
俺はとっても嬉しいです。
「それで、どうするんですか?」
「ちょっと考えてみる。高名な精霊使いのアテもないわけじゃないし」
頭使ったら喉乾いてきた。
とりあえず帰ろう……ゼイン達も帰ってくる頃だろうし。
屋敷に戻ると、メイド達が俺の格好についてキャーキャー言っていた。
何を言っていたかはよく知らん。
そして庭はめちゃ綺麗になっていた。
あれだけ生い茂っていた雑草が見当たらない。そんな頑張る必要ないのに……
庭を見ていると、後ろからキリカが静かに近付いてきた。
「お帰りなさいませ、マスター」
「ただいま。ゼイン達は?」
「少し長引きそうだとのご連絡が先ほど」
長引くのか……何の話してるんだろ。
流石に国家間の会談は覗き見しないよ。何話したのかくらいは後で聞くけど。
何かあった時のために、虫型のアニマルゴーレムは忍びこませてはいるが。
「そうか。……少し疲れた。お風呂に入りたいんだが」
「ご用意は済んでおります」
「じゃあ先に入ろうかな」
ソウル達に目線をやると、二人は軽く頷いて自室に向かった。
脱衣所で脱ぎつつ服をまじまじと見る。高級ワンピ……これ一枚でプリン何個分だろうか。
軽く百個は買えるな……もしかしたら数百……いや千個は買えるのでは……?
服の相場など知らんけど、昔、依頼達成のお礼として貰ったセグドールのハンカチ……
8イルク……日本円で八千円って言われた。
ハンカチが、8イルク。
俺の普段使ってるやつの何倍の値段なのだろうかと戦慄したが。
……考えるのやめておこう。
浴場に入ってからすぐに体を洗って湯船に浸かる。
すると突然ビキッという痛みが背中から伝わってきた。
「いっ……!」
とっさに湯から出て鏡に背中を映すと、裂け目から血がうっすらと滲んでいた。裂け目の周辺は火傷の痕が深く残っている。
傷口にお湯が沁みて結構痛い。そっとタオルで拭ってから回復魔法をかける。
「効果が薄い……」
血は止まったが、痛みが抜けない。ずっと何かに刺されてるかと思うくらいの痛みだ。
タオルを上半身に巻いて浴場を出ると、キリカが待機していた。
「……お着替えとお薬をお持ちしました」
「ありがとう。後でいいから痛み止めも貰えるか?」
「……畏まりました」
キリカはあまりこの傷のことを聞いてこない。聞かれても、覚えてないんだけどね。
昔姉を庇って負ったらしい傷が、ずっと俺を蝕んでる。




