二百五十六日目 自分が冷静すぎて怖い
記憶を取り戻す方法。
そんなものあったら教えて欲しい。結構切実にそう思ってる。
「最初に無くなったものの心当たり、あるのね?」
「はい。多分記憶だと思います。……ただ、思い出し方がわからないんですよね」
魔法による記憶操作を消去させる魔法ならある。
回復魔法系統の魔法だから俺あんまり得意じゃないけど。
ただ、それはもう自分に試してる。記憶がなくなり始めた頃に、すぐにやってみたが治らなかった。
だって俺がこうなってるのは魔法じゃない。
魔法でこうなっているのなら、もっと楽に解決できる。これでも俺、魔法……特に支援系に関しては結構知ってる部類に入る。
回復系統や、召喚系の魔法は苦手だけども。
「記憶……いつ頃の記憶がないの?」
「ええと。今は……ここ二、三年の記憶しかないですね」
多分今残ってる記憶の量はそれくらいだ。
もしかしたらもっと短いかも知れないけど。
俺がそう言うと、セイボリーさんは数回瞬きをして、
「………はぁぁぁああっ⁉︎」
かなり大きな声で言葉になってない言葉をぶつけてきた。
「え、何ですかっ⁉︎」
なんかすごい驚かれてる。
「ちょ、ちょっと待って。二、三年の記憶しかないの⁉︎」
「た、多分……」
「それでなんでそんな冷静なの⁉︎」
「いや、俺も結構焦ってるっていうか」
焦っている、つもりなんだけどなぁ……
確かに俺は今、めちゃくちゃ冷静だ。自分でも自分に驚くくらい。
「それで焦ってるの……? 呪いとかより、あなたのほうが不思議だわ」
「そんなこと言われても……」
感情があまり表に出ないのは、多分昔からなんじゃないかとは思ってる。
俺が書いたであろう日記から察するに、人と接する事があまり得意ではなかったみたいだし。
「とりあえず、それはいいとして……記憶を取り戻す方法、ね」
「何かありますかね?」
「わからないわ。先生なら少しは心当たりがあるかも知れないけれど」
スフィアさんに話すのか……。
ソウル達には記憶のこと、話したくないんだよなぁ。なんとなく。
みんな過保護だから、一人に知られたら一気に全員に広まりそうだ。そうなれば一家総出で情報集めまくって、若干パニックが起こりそうな気がする。
【でも、もう隠すのは難しいと思うわよ】
それもそうなんだよな……
【それに、このままじゃそんなこと言ってる場合じゃなくなるわ】
思い出せなければ、多分死ぬ……というか消えるんだもんね。
そう考えると、言うしかないか。
「ありがとうございます。スーに聞いてみます」
「お役に立てなくてごめんなさいね」
あ、そういえば。
「今回のこれって、ルーゲグニルの魔縄紋って関係あります?」
「あら、よく知ってるのね」
あまりメジャーではない呪具なのに、と付け足す。やっぱりこれマイナーな呪具なんだ。
なんでイーリャさんは知ってたんだろ?
「ウィルドーズの宮廷魔法使いさんがそう仰ってて」
「へー。博識な宮廷魔法使いさんね。けど、今回のこれはちょっと違うと思うわ。とてもよく似てるし、発動時の痣もそっくりだけど……偽物よ、これ」
「えっ? こんなに効力があるのに?」
人の体を丸ごと作り変える事ができる呪具なんてそうそう無いと思ってたんだけど。
「それが疑問なのよ。細部まで魔縄紋の特性に似ているのに、結果が強烈すぎる。魔縄紋はここまで強い呪具じゃないもの」
え、これ偽物なのに本物より効力高いの⁉︎
「と言うか、よくご存知ですね」
「本物を見た事があるもの。一時期この家に研究対象として置いていたわ。後で資料持ってくるわね」
ここ来れば大抵のデータが揃ってるから助かる。
その研究データは後で見せてもらうとして、
「じゃあ、これは魔縄紋に見せかけようとして作られた全く別の呪具の効果なんですか?」
「そうね。多分それが一番近いわ。込められている怨念の質が違うもの。こっちの方が清らかよ」
「呪いの道具に『清らか』って……なんか矛盾してません?」
「祝福も呪いも、物は同じよ。ただ、本人がどう感じるかの違いってだけで」
もしこれが祝福なのだとしたら、こっちからすると凄く迷惑。
ということは俺にとっては呪いだね。
これで祝福という人はあんまりいないんじゃない? そんなに老けたくないの? って思う。個人的に。
リビングに戻るとスフィアさんはいたが、ソウルとライト、ピネがいなかった。
「あれ? 俺の連れ、どこに行きました?」
「キュロスがきて、連れて行っちゃった」
「あー……じゃあ帰ってくるまで放って置いていいですかね」
身体強化系の魔法を専門に研究しているキュロス・ニールさんは脳筋……ちょっとだけ単純な思考回路なせいで、初めて会う人には肉体言語で話し合わないと気が済まない。
俺も最初、魔法なしの殴り合いを要求されて意味がわからなかった。
結局試合した。時間制限ありで、俺は盾持って戦ったから余裕で勝てた。
多分魔法なしなら俺の防御抜ける人はほとんどいないのではないだろうか?
そしてあの時凄く思ったのが『なんで魔法抜きなの?』ということだったのをとてもよく覚えている。
魔法研究してる人なのに、まさかの身体強化すらなしの肉弾戦が大好きなんだもんなぁ。
もうどっかの闘技場とか行ってこいよ。
「あ、そうだ。記憶を取り戻す魔法ってわかったりします?」
「記憶を? どうして?」
スーに諸々の事情を説明する。
全部話し終えると数秒の間を置いて、スーが話し出す。
「……そう。それを止めるには、思い出すしかないのね」
「多分」
スーが難しい顔をして腕を組む。
「心当たりがないわけではないの。ただ、準備が必要になるから手伝って欲しいの」
「それは勿論。というか、手伝っていただけるんですか?」
「大事なお友達は、減って欲しくないわ」
当然だ、とまでにそう言ってくれるのはとても嬉しい。
まぁ彼女の場合、小さい頃から頭が良すぎたために同年代の友人がほとんどできなかったらしいんだけどね。
「必要なものは後でメモを渡すから、それが揃ったら私のところへまた来てね。しばらくはこの街にいるんでしょ?」
「はい。あ、一応住所教えておきますね。とりあえず仮の家は買ったんで」
ポケットに入れっぱなしだった住所のメモを渡す。住所書いた紙は無くなったけど、ゴーグルで写真撮ってるから大丈夫だ。
「それはそうと、辛くないの?」
「え?」
「記憶のない状態は、かなり不安定になるはず。大丈夫?」
そりゃあ、あまり良い気分ではないけど……
「俺には家族がいるから、大丈夫」
「……そうだったね。家族がいれば、大丈夫、だね」
スフィアさんも俺も、実は本当の家族とうまくいっていない。
ほとんど覚えてはないけど、俺は前居たところでは家族と会話なんてしてなかったし。スフィアさんは頭の良さや視覚障害のこともあって、家族ですら彼女を避けていた。
けど、運よくそこそこの力と仲間に恵まれて、望んだ家族を自分で作ることができた。
俺たちは運が良かった。
俺もスフィアさんも。だから、友達になれたのかな。




