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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
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二百五十五日目 時間の取り戻し方

 色々と考えていると、背後の扉が開いて人が出てきた。


「あれ? その魔力……情報屋さん? もしかして私に用事のある人って……」

「お久しぶりです、セイボリーさん。少し、貴女の専門分野に関しての相談がありまして」

「え、なになに? 面白い呪いにでも出くわしたの?」

「いや、面白くはないんですけど……」


 面白い呪いってなに。


 ライトがこっちに目配せをしてきた。多分誰かなのかは薄々わかってるだろうけど、一応紹介しておこうかな。


「この人はフューリー・ルゥ・セイボリーさん。スフィアさんのお弟子さんで、呪術師だ。研究しているのも主に呪術だよ」


 スフィアさんには十数人のお弟子さんがいる。セイボリーさんはそのうちの一人だ。


 そう紹介すると、なぜかスフィアさんが不機嫌そうな表情でこっちを見る。


「……スーだよ」


 ああ、そういうこと……


「えっと、スフィ……スー」

「よろしい」


 なんかこの人、スーという愛称に関しては譲らない。


 スフィアさんと呼ぶと距離を感じるらしく、毎度訂正してくる。


 個人的にはスフィアさんと覚えてしまっているが為に、毎回忘れてスフィアさんと呼んでしまうのだけれど。


 そしてさん付けもダメらしい。これはなぜかは知らんが俺だけだ。


 俺以外の人ならさん付けは許すのだが、俺に対してはスーとだけ呼ぶようにとしか言われていない。


 多分年齢の問題なんだろうけど。同い年らしいし。


 ……同い年には、見えないけどね。


「あー、ごめんね。先生が」

「いえいえ。俺も同年代の友人は少ないですし、気持ちはわかりますので」

「私も、あまり愛称で呼び合うことを強制するのは良くないと思うんだけど……先生が我が儘言うのって、珍しいから」


 この人はスフィアさんの保護者でもある。弟子であり保護者という謎な立ち位置ではあるが、スフィアさんのお弟子さんとの関係は皆こんな感じだ。


 この人たちは少し特殊な関係性で成り立っている。


 家族という絆で繋がっているところは、俺と似ているかもしれない。


 セイボリーさんは椅子に座り、こっちをじっと見てきた。


「それで、今回会いに来たのは……あなたの体の件で間違いない?」

「はい。以前とはまた違うものだと思うんですが」


 毎回来るときに呪われている俺。


 それもどうかと思うが、その俺を嬉々として調べるセイボリーさんもすごいと思う。


「ただ、先程スフィ……スーが、悪意を感じないと」

「本当ですか、先生」


 セイボリーさんの視線に、スフィアさんが頷く。


「少なくとも周りに感じる魔力に悪意は感じられない。そこは保証するよ」


 そしてその言葉を聞いて、セイボリーさんは首を傾げた。


「呪術で悪意がない? なかなか珍しいケースね」

「はい。ただ、俺には呪術の仕組みがよくわからないので……」

「わかってるわ。調べるからこっちへ来て。お供の方々はここで待っていてください」


 数分で済むからとソウル達をその場に残して、セイボリーさんの研究室へ向かう。


 ここには実験のための器具や、呪具、俺みたいに呪われた人を診察するための道具が揃っている。


 前来た時は、そのあまりの異様さにかなりビビった。拷問でもされるのかと……


「さ、座って。上着は脱いでね」


 大きめの椅子に腰掛け、上着を脱ぐ。


 前来た時よりも身長が縮んでいるため、かなり椅子が大きく感じる。


「じゃあまずは特徴的な魔力が集まってる場所があるか調べるわね」

「お願いします」


 呪いの多くは触れないと相手にかける事ができない。


 接触なしでもできる呪いもないわけではないのだが、接触がある呪いの方が圧倒的に威力が高い。


 相手に近付いてかけるというリスクが伴う分、効果も大きいのだろう。


 だからとりあえず、どこに触れられた可能性があるかを調べてもらえば誰が呪ってきたかわかるかもしれない。


「……うーん、わからないわ」

「え?」

「かなり巧妙に隠されてる。見つけるのは難しいわ。まぁ、今回の場合は見つけるより解くことに重きを置かなければならないから、無理に探さなくてもいいかもしれないけどね」


 そうだ。犯人探しよりまず体をなんとかしたい。


 このままでは業務に支障が出る。


「それと、背中の傷。前より酷くなってるじゃない」

「あー……治らなくて」

「いい医者紹介するわよ? 本当にそれ、そのうち取り返しのつかないことになるわよ」

「わかってますけど、なかなか治せる人も見つからなくて」


 背中の火傷は、なぜかずっと治らない。


 傷を負ったのは十年近くも前なのに、いまだに痛む。まぁ、傷を負った時のことなんて日記に書いてあっただけでなんにも覚えてないけど。


「それと、先生が言っていた悪意が感じられないって話……本当みたいね」

「じゃあなんで俺はこんなことに」

「それは犯人に聞いてみないとなんとも言えないわね。ただ、解除しなければあなた自身も危険なのは間違いないわ」


 一体誰が、なんのために俺に呪いをかけたのか。


 一番気になる事が、全くわからない。


 しかも悪意がないというのだから、益々わからない。


 俺に憎悪の感情を向けてこない相手なんてかなり少ないぞ?


「それと、その呪い。多分解けないとあなた死ぬわ」

「……え?」


 なんか軽い口調で結構大事な事言われた気がする。


「死ぬんですか俺」

「いや、死ぬというのは少し違うかも……消える、存在しなくなる。と言った方が正しいわね」


 それ、何が違うのだろうか。


 俺がいなくなるってことなのは間違いないけど。


「実感しているかもしれないけど。あなたの体は巻き戻ってるわ。だからこのまま放置すれば、いつか子供になって、やがて『生まれてこなかった』ことになる」


 なんとなくそんな予感はしてたけど……やっぱりこのままだと俺は生まれた事実すら巻き戻って消える運命にあるのか。


 なんかもうこんな状況なのに冷静に分析してる自分に若干腹がたつ。


 もっと焦ろうぜ俺。変な事態に慣れてしまっただけなのかもしれないけど。


「それで、これどうやったら解けます?」

「最初に失ってるものを取り戻せば、そのうち他の時間も取り戻せると思うわ」


 つまり、俺が最初になくしたものを取り戻せば全部なんとかなるんだな。


 簡単じゃないか。


 ……最初になくしたものって……なんだ?


 やばい。気付いたら体がおかしくなってたから、何からなくなっていったとかわかんないよ。


【おそらく、記憶じゃないかしら】


 え?


【貴方が最初になくしたのは、記憶よ。この世界に来る前の、ね】


 ……ああ、そうか。確かに、昔のことを思い出せなくなったのは体がおかしくなる前だった。


 でも、どっちにせよ。


「思い出し方がさっぱりわからない……」


 思い出せるもんなら思い出してるよ!

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