二百五十一日目 明日に備えて
怨念のこもったお手紙は一旦置いておくとして……屋敷を散策してみると、三階建てで何故だかリビングが二つある母屋と普通の一軒家がくっついている離れがあることがわかった。
離れのお家は、小さいとはいえ普通に一軒家だ。お風呂もトイレも寝室もある。四人家族が普通に暮らせる程度の大きさと機能性。
母屋の方は……一階と二階にリビングがそれぞれあって、三階には広い食堂とダンスホールがあった。
いや要らんやろダンスホール。パーティーでも開くのか?
部屋もかなりの数。とりあえずゼイン達は最も安全な奥の部屋に泊まらせるとして、そこから順に俺、ソウル、エルヴィン、キリカの個室を作って後の部屋はメイド達の部屋にした。
あ、ライトは俺と同じ部屋ね。と言うか、ライトの場合種族柄休む必要ないしほとんど俺の部屋には居ないだろうけど。
レイジュ達は厩舎に入ってもらって、馬車は俺の収納に入れた。
もし俺に何かあったときにみんな移動できないと困るのでいくつか幌馬車を庭に置いておくけど。
庭はレイジュが走り回れるくらいのスペースがある。庭に何軒か家が建ちそうな広さだ。
ただ、あまりしっかり管理されていなかったのか雑草すごいけど。
「お気に召さないようでしたら、今すぐに総出でお庭を整頓いたします」
「いいよ別に……皆疲れてるでしょ」
「いえ。これが我々の仕事ですから」
鎌を持ったメイド達が続々と出てきた。そして二言三言会話をしただけで見事に役割分担したらしく、分散して雑草の処理にあたる。
休む間も無く草刈りなんてしなくていいよ……今日はもう休もうよ。
そう思いつつメイドの草刈りを眺めていると、荷解きを終えたゼインが右側に座った。本当なら今日のうちにこの国の代表に会いにいく予定だったのだが、微妙に陽が傾いているので帰りに夜襲にでもあえば危険だと判断し明日にずらすことにした。
今から会いに行っても取り次ぎにも時間かかるだろうし。前もって連絡は入れているとはいえ、あまりにも急な訪問はよろしくない。
今日のところは門の付近に居る警備員さんに、来たという事と明日また出直すという事を伝えるだけにとどめておいた。
ゼインはせっせと雑草を刈っているメイド達を見て小さく笑う。
「相変わらず勤勉だな、ブラックの部下は」
「これは勤勉っていうのか? 皆働きすぎなんだよ……」
「人のことを言えないのではないか?」
……ゼインの言うことも否定できない。
俺は無茶をしすぎだと周りによく怒られる。
「そうかもしれないけど……。ここ最近、迷惑と心配をかけてばかりだからな」
『あら、自覚あったの?』
ピネが横から入り込んできて、ゼインと俺の間……俺の右肩に座った。
『自覚があるのなら自重しなさいよ』
「そうだぞ。今回の件に関しても、見た目以上に危険な状態なのだろうと言うことはなんとなくはわかる」
「……別に好きでこうなってるわけじゃないんだけど……」
ため息をついて自分の手足に目を向けると、どうにも頼りないマッチ棒みたいな手足が見える。
力を込めてしまえばポキリと折れてしまいそうな脆さがある気がする。
実際、体がどうなっているのか俺にはよくわからない。
だが脆くなっているのは事実だ。
それこそ、なんの訓練も積んでいないそこらの一般人と同じくらいの耐久度だ。
実はこの街に来る前に馬車を修理していたらうっかり腕を挟んでしまい、ポッキリ折れた。
痛かった。そりゃもう泣くかと思った。
本来馬車を動かしたりするのには結構力がいる。馬に引かせて人間が楽しているが、人間はそう簡単に引っ張れない。文字通り馬力が違う。
馬車は引いている時に壊れでもしたら大惨事なので、多少乱暴に扱っても大丈夫なくらいには頑丈に作られている。
その代わり、かなり車体そのものが重くなってしまうのだ。
話が逸れたが、俺はそのかなり重い車体を片手で持ち上げて車輪周りを調節していたりしたのだが。
それは本来間違ったやり方で、普通なら専用の器具を使って車体を浮かせて作業するのを俺は人力でやっていたのだ。
その感覚は一回染みつけば取ることはできない。
普段通り片手で持ち上げようとして、うっかり手を滑らせて右手の尺骨が折れた。
バキッていった。
結構でかい音がしたよ。速攻で回復魔法をかけたおかげで、そんな事態になってたこと誰も知らないけどね。
折れたそばから自分で治した。
「……俺自身唯一の取り柄である頑丈さがなくなったら、俺は一体なんなのだろうか……」
【貴方の頑丈さは異常だから、これくらいが丁度いいんじゃないかしら? これくらいだったら、私も貴方に負けることなんてきっとなかったのに】
まぁ……リリスと今戦ったら確実に開始1分で俺が死ぬな。
攻撃を避けるほどのスピードで動けば多分足が折れる。
そうでなくとも、リリスは基本パワータイプだ。一撃でも喰らえば骨バッキバキになることは想像に難くない。
パワータイプのリリスに、ガッチガチ防御の重戦士よりの戦い方の俺では相性が悪くなかったんだけど。
流石に今のこの全身の脆さはいろんな意味で想定外だ……
「ブラック。明日はどうする?」
「ゼインはこの国そのものに用事があるんだろ? 俺はそっちには行けないからな、この国有数の魔法使いにでも会いに行くかな」
「会談に参加しても良いぞ」
「無理だわそんなん。……それに、俺は所属先を決めるつもりはないよ」
ゼインが肩を竦める。
こいつ、会談で隣に俺を立たせて『うちの国の情報屋です』みたいに紹介するつもりだったな?
やだよそれ。どこにも属しないから好きに商売できるのに。
「いい加減、腰を据えた方がいいとは思うが?」
「まだその時じゃないと思うよ俺。……さて、明日の準備でもするか」
立ち上がって、自分の部屋へと歩く。
明日の準備をしている最中も、ゼインの言葉が頭から離れない。
今の情報を求められれば売るというスタイルは、かなり危険だ。お得意様がいるからいいだけで、今後俺が動けなくなるとどこにも情報を売れないと言う可能性が出てくる。
どこかの国に雇われる、それが一番賢い選択だ。だけど、俺……
みんなのこと好きだから、誰とも敵対したくない。
そんな子供じみた理由で、愚かな選択をし続けている。
「皆を巻き込んでまで、心配かけて……本当、バカだな……」




