二百四十二日目 もう二度目ともなると慣れてる
夜になり、雨が降り出した。
俺たちの他に客はいないらしい。大部屋を貸し切り状態だ。
「ブランさん。何かわかりましたか?」
「いや、そもそも人がやけに少ないんだ。盗み聞きもできない」
「入村料と宿代は新しい領主の政策だと言っていましたね」
この村は俺の取引範囲外に含まれてるから、情報が全くない。
同業者を探そうにも、あまりうろうろするのは得策ではないからやめた方がいいし。
どうやら狙われているのは確かだし、ゼインとレクスも居る。下手に動き回るのは止した方がいい。
「今日1日で相当な出費だ。一般市民の給料数ヶ月分くらい払った気がする……っていうか、なんで俺はゼインたちの分まで払ったんだ」
あいつ王族なんだから後で請求してやる。
「必要経費として割り切るしかないだろう。それより、襲撃者はわかったか?」
エルヴィンの言葉にライトが小さく首を振る。
「移動中常に後方を見張っていましたが、それらしいものは何もありませんでした」
『そう簡単に尻尾見せるとは思わないけど、厄介なのは間違いないわね』
馬車だけを重点的に狙ったのには何か意味があったのか、それとも警告のつもりだったのか。
【貴方の足を遅らせたかっただけとは思えないわね】
え? じゃあやっぱりゼイン関係?
【私に聞かれても知らないわよ】
だよな。
『ブラン? 急に黙ってどうしたの?』
「え? いいや、なんでもない」
ピネが肩に乗ってこっちを見ていた。
リリスと話すと周りの音が微妙に聞こえなくなるんだよな。
「とりあえず、今日は休みましょう。念の為に不寝番をしておきます」
「一応宿だからそこまでしなくてもいい気がするけどな」
「いえ。念には念を入れておこうかと」
ライトは種族柄寝なくてもいいから、全部任せるか。俺もそろそろ眠いし。
翌朝、目を開けると窓の外はかなり明るくなっていた。
周りを確認すると、ソウルとピネはまだ寝ている。
日が昇った頃に起きようと思ってたんだけど少し寝坊したらしい。嵐も思っていたより早く過ぎたみたいだ。
そしてなぜか右隣にエルヴィンとライトが座って引きつった顔でこっちを見ている。
「ブラン」
「ん?」
「その、何かおかしいところはないか? 肩が痛いとか、腰が痛いとか」
エルヴィンは何を言ってんだ急に?
「なんの話?」
聞き返すと、ライトとエルヴィンが顔を見合わせて手鏡を持ってきた。
なんか……すごい既視感を感じるんだが。
恐る恐る鏡を見てみると、昔に戻っていた。
いや、なんていうか……本当の俺、というか……日本で暮らしてた頃の俺の顔だった。
みるからに童顔で女子高校生なのに下手したら中学生通り越して小学生と間違われることもあった、見たくないと思うほど見飽きたはずの自分の顔。
だけど、懐かしいという感情はあまりない。正直困惑しかないし、日本にいた頃の記憶なんてほとんどなくなってしまっている。この世界に来てから書き留めた日記を何度も読み返して周りとの記憶の差異を埋めている。
もう最近では、こっちに来てからの記憶すらなくなり始めているというのに、今更元の顔に戻ったところでほとんど他人の顔に近い。
立ち上がろうとして、ズボンに足を引っ掛けて転んだ。背が一気に縮んだせいで服も変えなくちゃならない。
「主、そのお姿は」
「……昔の俺、だ。ある意味じゃ、本当の顔っていうべきか」
ズボンの裾を折る。服があまりにも大きくて五回も折り曲げる羽目になった。
「おい、大丈夫かブラン」
「ああ。だが、呪いがかけ直されたってことは術者は案外近くにいるな、これは」
とりあえず、状況確認といきますかね。
ソウルを起こす。
「おい、朝だぞ起きろ」
「ぅう……眠い」
「起きろー」
ソウルってなかなか起きてくれないんだよね。どっちかというと朝に弱いタイプだ。
揺する。
「おーい」
「ギルマス……んぅう」
「ちょっ」
ぐいっと引っ張られて抱き枕にされた。
あの。大部屋はベッドないんで敷物敷いて寝るんだけどそれ薄いから結局ほぼ床並みの硬さなんだよね。床に骨盤当たって痛いです。この体勢キツいよ。
「おい。いい加減目を覚ませ」
「ええ……?」
デコピンをしたらようやく起きたらしい。何度も瞬きを繰り返して俺を見ている。
たっぷり3秒くらい俺を観察した後、顔を真っ赤にして飛び退いた。
「な、ななんで僕の寝床に!?」
「お前が引きずりこんだんだろ。俺は抱き枕じゃないぞ」
「っていうか……戻ってません?」
「多分な。それについて今から調べてたら時間かかるからとりあえず状況を確認しようと思ってな」
ソウルに聞いたところ、体に異常はないみたいだ。
やっぱり俺だけ体が何度も変化している……なんでだろう?




