二百三十八日目 行くか、戻るか
馬車が壊れた。
そのことに一番の反応を見せたのは、レクスとゼインの護衛で同行しているスベンさんだ。
「今すぐ戻って、厳重な警備のもと向かわれるべきです! どこに敵がいるかもわからない連中と共に向かうなど、私はもとより反対なのです!」
俺の前でそれ言います?
怪しいのはわかってるけどさ。って言うか俺別にこいつら誘ってない。
「何を言うか。ブラックの傍以上に安全な場所などどこにある?」
「それは……その通りかもしれませんが」
「ここまで来て戻るのも威信に関わる。行ってしまえばこちらのものだ」
それ、向こうでも俺が護衛する前提で話してるよね?
確かに一国の王が『なんかありそうだから逃げ帰ってきました』って、カッコつかないのはわかるけど。
俺としては帰ってほしい。正直言ってこいつら居ると面倒ごとが増えそうだし。
「帰るんなら、別に送るけど」
「帰らないぞ?」
いや帰れよ。
スベンさんに俺が睨まれるんだけど。
「何、ブラックがいるならば問題なかろう」
「問題ありそうだから引き返そうって案が出てるんだろうが。現に馬車壊れてるし」
「直せるだろう?」
「え?」
「直せるのだろう?」
何その当然俺が直せると思ってる思考回路。
「俺そんなに万能に見える?」
「主は万能です」
「いや、お前に聞いてないんだけど……」
急にライトが横から話に入ってきた。
「なんだ、できないのか?」
「できるけど……」
「では意地を張ってないで直せ」
「なんで上から目線なのかなぁ……?」
問題は直せる直せないの話じゃないと思う。
俺の一団に何かしら仕掛けてきた輩がいるって点だと思うよ。
「これでなんかあったら、俺の責任になりそうだから嫌なんだけど」
「それは安心しろ。しっかりと大臣達には置き手紙を残してある」
……ああ、あの人たちね。
ますます不安になってきた。だって貴族って俺のこと嫌いな人多いもん。
俺は基本、感情で動く。どの仕事をするかはその時の気分次第だ。
正確に言えば、俺は絆されればちゃんと仕事する。だが、仲良くない相手にはとことん興味ないから仕事も受けないし、仲がいい人に頼まれれば貴族でさえ探りを入れる。
信頼を売って商売する俺には、個人的な好き嫌いというのはとても重要だ。
だから商売相手は基本慎重に選ぶ。ただ、顧客の情報は取り扱わないのを決めているから取引してない一部の貴族に俺はとんでもなく嫌われてる。
あいつらとは取引するのになんでこっちとは取引しないんだ、って文句をよく言われる。
そしてその一部の貴族が俺の嫌な噂を流せば、他の貴族も俺のことを良い目では見ないわけで。
結果的に庶民向けの情報屋として働くようになっていったんだが。
「全然安心できないんだけど」
「さっさと直せ。早く着けば良い話だ」
いや何様のつもりなの?
……そういやこいつ王様だった。
「主。少々よろしいですか」
「ん? 何?」
ライトが手招きしてきたので、ちょっと席を外す。
「あまりここに長居するのは得策ではないかと」
「何かあるのか?」
「はい。感覚的なものでしかありませんが」
上級悪魔の勘は無視できない精度を誇る。
そのライトが「ここを離れたほうがいいい」と感じているなら即座に離れたほうがいいな。
「わかった。すぐ修理する。10分くれ」
「かしこまりました」
馬車に戻って、工具を準備する。
すると横から急に手が出てきた。
「これを使うのか?」
「危ないから下がってろ。尖ってるものも多いんだから」
「ふむ、思ったより重いな」
レクスがドライバーを握って首を捻っている。
どうやら初めて見るらしい。まぁ、王族がこんなもの使わないだろうしな。
俺が用意する道具が珍しいのか、一歩下がりはしたがそのままじっと手元を見てくる。
「レクス殿下。おさがりください」
「断る。婚約者が仕事をしているのを見るのもダメなのか?」
スベンさんの言葉にも全く耳を貸さない。
相変わらずこの二人、人の言うこと聞かないな。
それ以上近付かないんなら別にいいけどさ。
それにしても『殿下』って……
仰々しくてなんかジワジワくる。
よくわからないけど、なんか笑えてきた。
「なぜ笑うのだ、ブラック」
「いや、別に……ククッ」
うん。本当に理由もないんだけど。
この自由人に向かって『殿下』は中々面白い。ここまで似合わない敬称もあんまりないんじゃないかな。
【失礼すぎるわよ、流石に】
それはわかってる。




