二百三十三日目 魔縄紋
俺は魔法と召喚術にはそこそこ詳しいが、それ以外はあんまり得意じゃない。
呪術とか3割くらいの確率で失敗して呪い返し喰らうし。
イーリャさんはそんな俺にも分かりやすく説明してくれた。
本当に何も知らないレクスに簡単な講義をしてくれるらしい。
一旦書庫を出て、客室を借りて話を聞くことにした。ゼインは仕事があるはずなのになぜかついてきた。仕事しろよ。
「まず、呪術と魔法が大きく異なるのは魔力の使い方です。呪術は魔力消費がほとんどないのが特徴です」
それを聞いてレクスが小さく首を傾げた。
「ブラックの血は良い呪術の道具になるのだろう?」
「ん? ああ、そうだよ」
「魔力がたくさん溶け込んでいるからというわけではないのか?」
「それも大いにある。まぁ、種族的なものもあるけど」
呪術には道具が必要だ。それをレクスも覚えていたらしい。
「レクス様の仰る通り、魔力の強い者の血は呪術を使うには最適です。呪具というものが呪術発動に必要なのですが、怨念のこもった物や魔力を多量に含む物は特に良いです」
「魔力は関係ないのではないのか」
「関係がない、というのは少し語弊があるかもしれません。呪術は準備さえ整えば発動には魔力を取られません。その準備段階では魔力が必要になることもあります」
基本中の基本だな。
俺も魔力が少ないタイプだったら呪術専門にしていたかもしれない。
魔力を使わずに奇跡を成す術は、呪術含め何種類かある。陰陽道や以前つかった札術なんかもそうだ。
だが、その代わりに別の何かを消費したり前準備が異常に面倒臭かったりするのでゲームでは実はあんまり人気じゃなかった。俺も魔法の方が便利だったからそっちばっかりで他はあんまりやってこなかったんだよな。
「そして準備に必要な呪具には、特殊な能力を持つものもあります。それを使えばより効果の高い呪術を発動させることが可能になります。力が強い分失敗する確率も上がりますが」
呪術にはある一定確率で失敗の可能性が付き纏う。
魔法は、ルーンの書き順や速度、魔力の量さえ間違えたりなければ失敗はほとんどないんだけど、呪術は消費するものが呪具のみという低コストパフォーマンスを実現している分、ゲームバランスを取るためなのか失敗することがある。
たとえ完璧に準備して、何の狂いもなく発動しても不発だったりする。
うちのギルドにも何人か呪術使いがいたけど、本当に運次第らしい。
成功するときは連続で成功するし、失敗するときは連続して失敗するらしい。
どうも確率の問題らしく操作することはできないんだそうだ。
だが一定確率で失敗するという性質上、失敗したところでペナルティはほとんどない。
魔法の場合は途中で爆発して自分や仲間にダメージが入ったり、MP半分くらい持ってかれたりする。
どっちが良いかと言われれば、ちょっと微妙なラインだ。強いて言うなら好みかな。
「それで、ルーゲグニルの魔縄紋、でしたか? それは一体?」
「ルーゲグニルの魔縄紋というのは有名な呪具の一つで、対象の姿形を変化させる物なんです」
姿形を、変える。
「ルーゲグニルは製作者の名前なんですが、何でも気に入った物は手に入れないと気が済まない性格なんだとか」
「それがなぜブラックの姿が変化したことと関係が?」
ゼインの問いにイーリャさんが頷いて語りだした。
話をまとめるとこんな感じだ。
ルーゲグニルは言ってしまえば滅茶苦茶自己中心的な性格で、一目見て気に入ったものは何としてでも手に入れることをモットーにしていた有名な研究者だったらしい。
過去形なのは、ルーゲグニルは既にお亡くなりになっているからだ。
真相は明らかにはなっていないが、貴族の恨みを買ってしまい消された件が濃厚だとか。……他人事に聞こえないな。やっぱり貴族って恐ろしい。
そんなルーゲグニル……長いな名前。グニルで良いか。グニルが呪具を作り出す経緯が、一人の村娘だったらしい。
研究者と言っても呪具ではなく魔物研究で有名だったグニルが偶然調査で訪れた村の娘に一目惚れしたのだそうだ。
だが、その娘には旦那がいたし、そもそも研究者とはいえグニルは結構位の高い貴族だったらしいから、どうしたって婚約はできない。
それでも諦めきれないグニルは娘に会った直後に告白。当然すぎる結果だが、玉砕。
ここで怒りの矛先が娘になってしまう。何としてでも手に入れたいと思う気持ちは、まぁわからんでもないけど。
グニルは深夜に娘を攫い、特殊な縄で縛り付け地下室に閉じ込めたのだという。その際、連れ去ったことが見つからぬよう娘の顔を無理やり魔法で整形させて。
怨念と情欲と恐怖の染み付いた縄は、やがて呪具になってしまった。
「という話です」
「なんですかその最低野郎。聞いてるだけでイライラしてきます」
ソウルが話を聞いただけでここまで感情を表に出すのは珍しい。
結構本気で会ったこともないルーゲグニルに嫌悪の感情を抱いている。
「つまりその魔縄紋とやらは、顔を変えさせられた村娘の恐怖やら何やらが込められてるってわけね」
「はい。その力はかなりのものです。失敗さえしなければ人を一人造形まるごといじってしまうことも可能ではあるかと」
呪具ってのは込められた想いの強さで能力の強さが決まる。
その上で認知度というものも関係してきていて、このルーゲグニルの話が広く伝わっていることを考えると強力なものであることはまず間違いないだろう。
人に知られた呪いの道具は、それだけで強い力を持つ。
「それで、これを解く方法はありますか?」
「呪具そのものの破壊、もしくは術者の死か術者自身が解除する以外に方法はないかと」
「ですよね……」
そうなんだよなぁ。それが厄介なんだよ呪術って。
「俺にそれが使われてるって、確信持てます?」
「9割、それではないかと。失礼ですが、右肩を見せていただけますか?」
右肩? なんかあるの?
袖をまくってみると、ぐるぐると縄が巻きついてるのに似た青いアザがはっきりと浮かんでいた。
……なにこれ。
「これがその呪具発動の特徴です。右肩にアザの痕がつく」
あぁ、だから魔縄紋っていうのか……




