二百三十二日目 イーリャ
書庫の中には、本としての形をしていないものも多い。
石でできたものもあるし、薬品を作るためのやり方をかいた書類の束でしかないものもある。
「呪術の棚を探せばいいのか?」
「その通りだけど、お前見てもわからないんじゃないのか」
「うむ。だから適当に持ってくるから見てくれ」
ああ、そいういうこと……。まぁ、持って来てくれるなら探す手間省けるから楽でいいけど、かなり二度手間な気がするけど、本人やる気出してるし、任せるか。
俺は俺で普通に探せば良いしな。
「ブランさん、これはどうです?」
「んん……ちょっと違うな。魔力系統が多分関係ない」
ソウルと分担しつつ、今の状況に合致しそうな魔法や呪法を調べる。たまにレクスが持ってくる書籍にも目を通して、を繰りかえし。
「なんとなくそれっぽいのがこれか」
姿隠しの呪いに、変化術、それと獣降ろしの術だ。
とりあえず絞ってみたところこの三つが最も有力だ。
ただ、獣にはなってないから獣降ろしはちょっと違う気がするけど、降霊術の一種で体丸ごと変化っていうのがこれくらいしかなかった。
そもそも体を作り変える魔法や術は基本的にかなりの高等技法だと言われている。実際、かなり難しいから俺も滅多に使わない。
特に身長を大きく変えると急に難易度が上がる。
10センチ伸ばしたり縮めたりするだけでかなりの労力だ。それに、イメージの問題でもあるんだけど人に化けるのは特に難しい。
動物よりも人は人の顔を見るのに長けている。もちろん動物にもそれぞれ個性も顔立ちもあるけど、人は人の顔をしっかりと認識できる。
同じ種類の猫でも、個体によって顔は違う。だけど、見慣れていない人からすれば猫は猫だし、違いもよく分からないだろう。
だから動物に化ける方が人に化けるより簡単だ。人は他人に化ければ自分自身に違和感を覚える。それが魔法術式にも反映されているんだ。
まぁ、変装ならともかく変化は専門外だからよく分からないけど。
「おい、ブラック」
「ゼイン?」
「イーリャを連れてきたぞ」
「ありがと」
ゼインの後ろから出てきたのは、小柄な女の子だった。多分レクスと歳も近いんじゃないかな?
みた感じ中学生くらいにみえる。
「随分若く見えるのは気のせいか?」
「いいや。彼女は14歳にして宮廷魔法使いになった逸材だぞ」
「14かぁ、すごいな」
知ってたけど、情報として知っているのと実際に目にするのはかなり印象が違う。百聞は一見に如かずってやつだな。
「は、初めまして……ぃ、ぃーりゃ、です……」
えっと……ごめん。もっとはっきり話してくれると凄い嬉しい。今の俺には聞き取りづらいよ。
「初めまして、ブランです。白黒って名前の方が有名ですかね?」
「も、もちろん知ってます、あなたのことは、その……かなり、有名、なので」
それは一体どういう意味で有名なんだろうか。嫌な噂で持ちきりで有名だったらそれはそれでなんかやだな。
「ゼイン。今回の話ってしてある?」
「ある程度はな。ブラックから聞いたことは全て話したぞ」
「相変わらず仕事が早くて助かるよ」
ゼインに何か話すと、なぜかその十歩先を読んで動いてくる。俺の頭の中筒抜けになってるんだろうな、とは思う。
【あら、私には勿論筒抜けよ】
ああ、お前がいたな……勝手に人の頭の中覗くやつは。
【人聞きの悪いこと言わないでくれる?】
リリスのスキル、以心伝心は無言で会話が可能になる代わりに基本、考えていることが垂れ流しになる。しかも悲しいことに双方垂れ流しというわけではなく、俺からの一方通行である。
リリスの考えは勝手に流れてきたりしないのに、俺の考えはリリスには丸わかりという。
まぁ、リリスの考えが流れ込んできたりでもすれば相当血なまぐさい感じになる気がするからこれでいい気がするんだけど。
「頼みがあるのはゼインから聞いていると思いますが、こちらから改めて。寝て、起きたら性別が変わって別人になっている、という状況を作り出す魔法、もしくは術をご存知ないですか?」
俺でも作れない魔法だ。
魔法を作り出す『憂鬱』の能力者、クリスならできるかもしれないけど。クリスがそれをやる動機も意味もない。
クリスを除く俺含めた魔法使いは基本的に法則の枠を抜け出ることができない。だからこの状況はおそらく法則に則っているだろう。ただ、効果が破格すぎてこちらとしてもよく分からない。
「え、っと。魔法では、ありえない……です。やれたとしても、数千人規模の魔法使いの同時魔法使用がほぼ絶対条件です。でも、呪術なら可能です」
「教えてください。呪術には疎いので検討つかなくて」
イーリャさんが大きく頷く。
「おそらく、ルーゲグニルの魔縄紋が関係していると思われます」
……ルーゲグニルの、魔縄紋。
……なにそれ?




