二百三十一日目 変人で良かった?
それからどれだけ話しても撤回してくれなかった。
自分の名前だとすぐにわかった俺も俺だけど、それを採用してしまうゼインも流石と言うべきなのだろうか。
「もっと格好いい名前にしてやれよ」
「なにかいい案あるのか?」
「………」
そう訊かれると困ってしまうのはこちらも同じだ。
俺が提示できるデータなんて、統計的に算出した名前のリストくらいだ。
年毎に簡単にではあるがある程度調査をして国別にどんな名前が多かったのかリストアップしたものがある。
ちなみに去年のこの国の名前ランキング1位の名前は男子が『クリード』女子が『マリー』だった。どちらも高名な騎士の名前だったりする。
……俺の仕事なんて全体的にこんなもんだよ?
意外と俗っぽいだろ。情報屋とはいえ、集められる情報にも限りがある。いつもどこかが戦争してるわけじゃないし、物騒な話題ばかり集めてるのでもない。
まぁ、未だに獣人国家の国とは人間、魔族ともに半休戦状態だから油断はできないけどね。いつ何が起こって戦争に発展するかわからない。
「こんな変人の名前をつけられるこの子達のことも考えてやれ」
「ブラン、自分で言ってて悲しくならないんですか?」
「俺は俺が変であることをしっかり自覚しているからな」
自分自身、まともだと思ってもいない。ソウルだって俺がおかしいと知っているだろうに。
「まともだったら、今ここには居ないだろうさ」
もし俺が、ゲームに出会わずに親の言う通りに生きていたら、ソウルに出会うこともなく。恐らくなんの取り柄もない一般人になっていただろう。
俺は自分がどこかおかしいのだと、昔からなんとなしにわかっていた。
「……ま、結果的に楽しけりゃそれでいい。俺はそれでいい」
そう。どうでもいいんだ。
ずっとそう生きてきたことに後悔はない。
「……ブラックの過去を、私は知らない。どこから来て誰に育てられたのかもな。だが、個人的にはお前がここに居てくれるのは嬉しいと思っている」
思わぬ相手から思わぬフォローが飛んできた。
ゼインは俺にとっては友人の一人だが、ゼインにとっての俺は多分もっと大きい存在なんだろうと思う。
自意識過剰だとかそういうのじゃなくて。
ゼインはその産まれから、王になることを強制されて生きてきた。本人は「最初からそうなると自然と思っていたのだから窮屈とも思わない」と言ってはいたが、やはり立場上友達と呼べる相手は極端に少ない。
幼い頃から将来を約束されたからか、それを知る周囲もゼインから距離をとっていたのだろう。
そこに現れた怪しい吸血鬼だ。そりゃ誰だって警戒はする。
だが、その吸血鬼は意外にも誰にでも分け隔てなく接する『変人』だったために結構仲が良くなった。
その友人が自分と妻の命を、足を棄ててまで助けてくれた。
……まぁ、誰だってその相手の存在が大きくなるのは当然だろう。俺だって同じ状況になったら惚れるかもしれん。知らんけど。
だからわからないでもないんだ。お前の気持ちはな。
「……ありがとう。なんかよくわかんないけど」
本当、なんの話してるんだろうな。
だけどこういう意味不明な会話ってのも友人同士って感じでいいなぁ。
俺もゼインほどじゃないけど友達多い方じゃないから。
その後もどうでもいい話をしていると、扉がかなりの勢いで開け放たれて何かが飛び込んできた。
「ブラン!」
「……レクス」
いろいろあって、殆ど話せてないレクスと久々に顔を合わせた。
七騎士から逃げたあと、一回だけ生存報告するために王城に来たんだけどあの時は体調も万全じゃなかったし……ゼインが心配したと物凄い剣幕で怒ってきたから話してる余裕なんてなかった。
「……ブランなのか?」
「おい、そこで首をかしげないでくれ。ブランで合ってるから」
「だが、男だ」
「よくわかんないけど今は男になってるっぽい」
俺も説明できん。
ソウルが経緯をレクスに話しているのを見つつ、ゼインにもうひとつの用件を伝える。
「ゼイン、宮廷の魔法つかいに呪術を専門にする女の子居たよね? 俺のこの状況について何か思い当たることがないか聞いてみたいんだけど。あと書庫も」
書庫は国王の許可なしでは入れない。
忍び込むのは簡単だが、面倒事になるのはごめんだから極力ゼインを通してなかに入るようにしている。
「禁書をさらっと読ませろというお前の根性は流石としか言えんな。イーリャの件は私から伝える。ちょうど今は出勤しているはずだ。禁書庫に行っていろ」
「了解」
書庫の鍵を投げ渡される。……これもっと大事に管理しなよ。
一旦ゼインと別れてレクスとソウルを連れて書庫に向かう。
ここにはかなりの量の魔法や呪術の教本、禁術なんかのリストがある。俺もよくお世話になってる場所だ。
「さてと。んじゃこの謎現象を調べてみるとしますか」
「そうですね。ブランさんが壁やら棚やらに全身ぶつけまくって痣だらけになる前に」
「一言多いよな?」




