二百三十日目 お前が決めろ
前回のあらすじ
ゼインが今から三つ子の名前を決めるとか言い出した。
俺、自分の名前ですら名前ジェネレータで決めたからね?
あの時は色々考えに考えた故の脱力ネームっていうか、考えすぎて疲れただけなんだけどさ。
「イベル君は個人的に悪くないと思ってはいるが?」
「イベルか……確かに俺が決めたけど」
そこそこ不自然ではない名前にはなったとは思わんでもないけど。
珍しく悪くはない、くらいのものだ。
「レイジュとか良い例だろ?」
「ああ、それは……そうですよね。レイジュ勧誘にあれだけ時間費やしておきながら名前酷く安直だったので僕もびっくりしましたけど」
おい、ソウル。然り気無く抉ってこないでくれ。
レイジュは気に入ってくれてるみたいだけど、悪いことしたかもしれないと今更ながらに思ってたりするんだから。
もっとカッコいい名前つけてやれば良かった。霊獣だからレイジュって我ながら酷い。
「いや、勿論候補のひとつとして聞くだけだ。こちらもこちらで考えてはいる」
「へぇ……仕事は?」
「息子と娘の名前以上に必要な仕事があると思うか?」
「………あ、うん……ないんじゃないかな」
もうこの親バカに反論するつもりもないわ。
子供の為に良い名前を考えたいという気持ちはよくわかるけど。
「それで、これが候補なんだがしっくりこなくてな」
「「ぅわぁ……」」
ソウルまで俺と一緒にちょっと引いていた。
ドでかい紙にびっしりと名前の候補が書きなぐられている。
なんか呪具の一種にすらみえてくる異様さがある。
「……これ、人を呪い殺す怨念の魔方陣の一種とかじゃないよな?」
「なにをそんな恐ろしいことを」
「いやもう寧ろお前が恐いわ」
これを書き上げて平然としてるのが恐い。
ここまで必死に考えてるのに俺の助言とか絶対要らんだろ。
【まぁ、たぶん決まってるけど決められないんでしょ。背中押してほしいだけよ】
急にまともなこと言い出したぞリリスが。あのリリスが。
【なによその言い方。文句あるわけ?】
いや別にないけど。
……でも、なんとなく言いたいことはわかった。
実はもうこいつの中では決まってるんだろう。ただ、本当にそれで良いのかと不安で俺を呼んだだけだ。
「ゼイン」
「なんだ」
「お前はもう決めてるんじゃないのか? 俺が決めるもんでもないだろ。この子達がお前にとって何よりも大切な存在なら、赤の他人に一部とはいえ決定権を譲るなよ」
人は肯定されることを望む生き物だ。
なにかを為して、それが評価されたり誉められることに喜びを感じる。……特殊な性癖がない限りは。
どんな重要な局面でも誰かに肯定してほしいから、誰かに意見を求める。
今のゼインみたいに悩みまくってる人は特に。
背中を押してもらわなければ動けなくなってしまっている。
だが、俺は押さない。それは俺の仕事じゃない。
「名前を決めんのはお前と奥さん……あとついでにレクスも入れとくか。その三人だろ? 俺が入り込む余地なんてない」
俺は提示もしない。肯定もしない。俺が入り込むことじゃないから。
「俺はただの情報屋。今回の件ではそれ以上もそれ以下もないだろ」
名前なんて、そう大した意味はない。
一個人を判別、特定するためにつけられた記号と何ら変わらない。
でも、ただ識別するだけの言葉にこれだけ親は悩むんだ。
『レクス』は美しい都を築いたとされる王の名前だ。人を愛し、愛され。自然に祝福された偉大な王。
お伽噺に相当する、古い言い伝えだ。
実在したのかは未だ謎だが、ゼインは息子にその王の名前をもらってくると決めたときに『この子を護ってくれ』と願いを籠めたらしい。
その思いは、本当に子を大切にしている人からしか生まれはしない。
「そうか……」
ゼインが数秒神妙な顔になり、フッと笑った。
「それもそうだ。考えすぎていたらしい。……確かにもうとっくに自分の中では決めていた」
「ああ。それでいいよ。俺なんかに同意を求めようってのが間違いなのさ」
互いに軽く笑う。本当にどうでも良いことなのかもしれないけど、人によってはこんなに心悩ませることなのだということは面白いよ。
他人にとってどうでも良いことが自分にとっては命より大事だったりするんだから。
だからこの仕事は辞められないのかもしれない。
「……フラン、セト、ステラでどうだ?」
「ちょっと待ってそれはダメだぞ」
「ブランさん。前言撤回早すぎます」
いや流石に全員俺の名前は可哀相だろ⁉
お前が決めろとか言ったけど。言ったけど!
「いや、もうこれだと決まっている」
「おいやめろ考え直せ絶対に後悔する」
子供たちのことを考えろ! せめてお前の名前とかなら理解できるけど!
「後で可哀相な名前だと子供たちが困るだろ」
「そう珍しすぎる名前でもあるまい。あまり聞かないだけで」
「…………」
あぁ、だめだ。こいつどうにもならない。
意地でも撤回しそうにない。
しかも名前としては若干響きが珍しい程度だから、特に問題もないというのがたちが悪い。
「なに。きっと皆認める」
「いやお前の決定にいいえで答えられる人材いないだけだろ⁉」
絶対皆「ぅわぁ」って思うわ‼




