二百二十七日目 大きくなった
鳥の声がする。
それと……波の、音か。
遠く、打ち寄せる水の不規則なぶつかり合う音がする。
視線を巡らせると、丘が辺りに広がっているのがわかる。小さな黄色の花がたくさん咲いている、小さな丘。
遠くには砂浜と海が見える。
振り返ってみると、大きな木が一本立っていて細い枝の上で薄緑色の鳥が留まっていた。
空は雲一つなく。吸い込まれそうなほど透き通った青に、目が眩むほどの光を放つ太陽が浮かんでいる。
風が吹きぬけ、名前も知らない黄色の花々を揺らしている。
「ていうか、ここどこだ……」
見覚えはない。なんでこんなところにいるのかもわからない。
だけど、とても居心地がいい。
「ここから動きたくないなぁ……」
寝転がると草の匂いが包んでくる。白い羽の蝶が静かに飛んでいった。
どこかもわからない場所で警戒もせず何をやっているんだと自分でも思うが、気持ちがいいんだから仕方ない。
こうやってなにもせずに時間を過ごすなんて滅多にないものだからとても新鮮だ。こんな見晴らしのいい場所で奇襲もないだろうし、敵地のど真ん中でもない。
「その内飽きるかもしれないけど、飽きるまではずっとここに居たいな……」
仕事のストレスもない。ぐうたらしていることへのお咎めもない。
きっとここは、今の俺にとって必要な場所なんだと思う。
ちょっとくらいなら休んだっていいよね。
「ブラン」
「起きる……起きるから後三十分……」
「そこはせめて五分にしろ」
目を開けると、いつもの俺の部屋だった。ベッドの真横にはエルヴィンが立っている。
……夢だったか。そりゃ気持ちいいはずだな。
「ブラン」
「なに」
「なにか体に異常はないか?」
「え? ………なんもないけど。なんかついてる?」
妙に神妙な表情で聞いてくるもんだからなにかあるのかと一瞬焦る。
手や頭、体を確認したが特になにもない。
「俺をビビらせようって魂胆?」
「いや、違う」
じゃあなに? 急に体は大丈夫かと聞かれて俺はなんと答えれば?
「……知りたきゃちゃんと起きて立ってみろ」
「起きて、立つ?」
言われた通り立ってみる。
………? あれ?
「エルヴィン背が縮んだ?」
「ブランが伸びたんだよ」
「へ?」
ぐるりと見回すと、なるほど確かにいつもよりかなり視線が高い、気がする。
エルヴィンとそう大差ないくらいの背丈だから180くらいだろうか?
鏡を見に行くと、物凄い見覚えのある顔。
「………セドリックだ」
「ミドルネームがどうした?」
「ああ、いや、そういう意味じゃなくて」
いつもよりかなり低い位置にある鏡に映っているのは、俺がゲームで使い続けていたセドリックそのまんまだった。
いままでは現実の俺ともセドリックとも言えない、中途半端に混じった顔だったけど。
「俺がこうなってるってことは、ソウルは女になってる?」
「いや、なってませんけど」
「なってないのかよ‼」
っていうか今まで扉の前にいたのかよ!
ソウルに続いてメイド達やピネ、ライトも入ってきた。
『なーんか懐かしいわね』
「まぁ数年前だしな……っていうかこれどういう状況?」
『私が知りたいわよ』
原因不明の事態が最近起きすぎているせいで皆あまり驚いてない。多分これ普通に一大事だと思うよ。
【個人的にはそっちの方が好きね】
お前はややこしくなるから黙ってろ。
「どうすんだこれ」
「マスターの言葉遣いが、全く違和感なくなりました」
「ああ、そう……」
キリカの謎なコメントは置いておいて。
「昨晩なにかあったのですか? お早めにお休みになられたとか」
「いやただ眠かっただけだけど」
え、あれなんかの呪いの前兆とか?
でも感覚的に、呪いじゃない気がするんだよな。他人の体を改造したりするなんて、それこそ相当なスキルや大掛かりな仕掛けが必要だ。
それに気付けないとも思えない。
「呪いとかじゃなくて……もっと別の方法だな……ちょっと地下で調べてくる」
考えながら歩き出す。三歩歩いたところで壁からつき出すようにかかっている棚に頭をぶつけた。
「あだっ⁉」
「「「ぷっ」」」
「誰だ今笑ったの‼」
確実に一人二人じゃないぞ⁉
メイドにすら笑われるとは。
「そこ、棚があるんで真ん中歩かないと頭ぶつけますよ」
「遅いわ! ぶつける前に言えよ!」
普段と縮尺が違いすぎておかしい。いつもならこの道なんにも気にしなくても歩けるのに。
背が高い人は高いなりに苦労があるんだなと思った。
その後も何度もでかくなった体をぶつけつつ地下室に行った。
あまり外に漏れてはいけない類いの魔法を書いた本や、もしもの時のためにとってある外交書とか、あまり人目に触れると不味いものが大量に保管されている。
……なぜか書類や本の山が崩れまくっている。
振り向くと、ソウル、ライト、ピネ、エルヴィンの四名が目を逸らした。
なんか探したときに崩して放置したなこいつら。
整頓しない俺も悪いけどさ。
「さて、片付けついでにこの状況に少しでも合致した書物を探してみるか」
笑顔でそう言うと、四人は目を逸らしたまま頷いた。
勿論片付けはこいつら主導でやってもらう。
「崩すのは構わんが、直せよ?」
「はい……」
じゃあ俺はスキル関連の事が載っている本を探してみますかね。




