二百二十四日目 罰ゲーム
いろんなところで叱られまくってメンタルを削り取られたが、体は本調子にはほど遠い。
暴食と節制のスキルは、封じることができなかった。暴食はともかく、節制が使えなくなったら下手すれば数日で餓死してしまう。俺燃費悪いし。
正直乗っ取られる可能性があるものをずっと持っておくのは非常に危険な選択だと思うが、どうしようもない。とりあえず暴食は簡易的に封印したがなんの解決にもならないんだよなぁこれ。
具体的な解決策が出るまでしばらくはこのままだろう。
まぁ、それはいいんだ。そのうちなんとかする。
昨日個人的にかなり嫌なイベントが発生した。
ソウルはキレていた。ここ最近のてんやわんやした環境のせいだ。なんにも相談しなかった俺が99パーセント悪いんだけど。残りの1パーセントはリドのせいな。
で、ソウルは昔からそういうことがあると罰ゲームをしてくる。
キリカへの罰ゲームは屋根裏の掃除になった。かなり汚いから隅から隅まで掃除してもらうということになった。
ネズミいるしな。俺の情報源だから殺さないよう言ってあるし、何かしたら追い出すと言い聞かせてあるからネズミもなにもしない。
トイレは外でしろとか細かいルールもある。軒下と屋根裏は野性動物に貸し出してあるんだ。勿論衛生面もしっかり管理している。
それで、俺への罰ゲームは。
「ブランさんはもう決めてあります」
「え。また腫れ顔?」
「あれは一応怪我人なんでやめておきます」
怪我してなかったら腫れ顔だったのか。回復魔法があるからって顔面ボッコボコににするソウルの判断も中々酷いよな。
「じゃあ、なに」
「期間は一週間です」
はい、と渡されたそれを見て反射的に怖気がした。
「嘘だよね?」
「いいえ」
ソウルは晴れやかな笑みを向けて指をならした。
最初から決めてあったのか、メイドが五人で包囲網を作成してきた。彼女らの表情も、楽しそうだ。
「じゃあブランさんのことお願いしますね」
「「「畏まりました」」」
メイドの一人、一年半くらい前からうちにいる結構ガッチリした体が特徴のアルメが俺を担ぐ。
ちらっと目があった。
「マスター」
「な、なに。ていうか下ろして」
「今日から暫くは私が専属ですわ」
「そ、それってつまり……」
頭の中からさぁっと血の気が引いていくのがわかった。
「さぁ、参りますわよ!」
「下ろせぇえええええ!」
ーーーーーー≪イベルサイド≫
「ああ、やっぱり無事だったんですね」
「あんまり驚いてないね」
「あいつが強いのは……不本意ですが知ってますし、あれでも一応兄貴の親なんですから」
ベル君が口を尖らせてぼそっと呟く。
学校を休んだから根掘り葉掘り何があったか聞かれ、事の顛末を話したらそんなに驚かれなかった。
まぁ、ブランだしな、と納得された。
「そ、それで、今療養中ってことなの?」
「そうなってる。元々が丈夫……っていうか人間の範疇越えてるから結構ピンピンしてるけど」
剣が突き刺さっていたのにけろっとしていた。
隠すのがうまいだけなのか、本当に平気なのかはわからないけど。
「一応お見舞いに行った方がいいですかね。お世話になってますし」
「ええー……行くのかぁ?」
あからさまにベル君が嫌がる。アルマス君は商家の子だからか礼儀に則るつもりなんだろうな。
ブランはあんまりお見舞いとか気にしなさそうなタイプではあるけど。
「皆で行きましょぉ」
シルフィが半ば強引に意見を纏めて、全員でお見舞いに行くことになった。
身内だけど、なにか買っていった方がいいだろうか。
というわけで家に行く前になにか買って行くことになった。
「やはり定番は果物でしょうか?」
「うーん……ブラン甘いもの好きだしいいと思うけど……なんだったかな。この世に存在を許せないと思えるほど嫌ってる果物があった気がする」
前に新人のメイドさんがフルーツの沢山入った篭を買ってきたんだけど、その果物だけはテーブルにのせられる前にキリカの手で排除されていた。
そして食事のあとにブランの苦手な食べ物はテーブルに乗せることもアウトだとかなんとか言っていた。
なんだっけ………思い出せない。意外とメジャーなやつだったと思うけど。
「……それは、避けたいですね」
「うん。流石にブランも子供の持ってきたもの断れないだろうし」
ロシアンルーレットをするより、確実に気に入るものを買った方がいい。
「うーん……じゃあアクセサリーとかは?」
「ブランがつけてるとこ、見たことない」
「確かにイメージ沸かないな……」
なんか……チャラそう。
普段男装してるからだろうか。可愛いとか思う前に多分チャラそう。
「大抵のものは持ってるだろうし」
「それもそうなんですよねぇ……」
あれでも大金持ちなんだよな、ブランって。ケチるかと思えば急に湯水のごとく金を使うこともあるし。
「無難に焼き菓子にしとくか」
「そうだね」
結局パン屋でクッキーを買った。ブランがたまに買い食いしてるやつ。
クッキーの入った袋を持って家に向かうと、門の前に二人見張りのメイドさんが居た。
「セーラ? 今日見張り番だっけ?」
「イベル様! お帰りなさいませ。マスターのお見舞いですか?」
「うん」
確かセーラの見張り番は来月じゃなかったっけ? そう思って聞いたら、
「今週はいつもとは違う順番で仕事なのです」
「今週だけ?」
「はい」
そう話すセーラの顔はなんか妙に嬉しそうだ。
「なにか良いことでもあった?」
「ええ」
家に入って頂ければわかりますよ、と言われたので家に入ってみる。
「お帰りなさいませ、イベル様」
小さい頃からずっと側付きのメイドをしてくれているシシリーが出迎えてくれた。
「ただいま。ブランは部屋?」
「いいえ。今はお庭かと」
庭? 一応怪我人なのに。
皆で顔を見合わせて庭に続く大きな窓のある廊下へ行く。窓の外には、庭掃除をしているちょっと筋肉質な背の高いメイドのアルメと三編みの華奢なメイドさんがいた。
アルメが大きいからか隣のメイドさんが余計に小さく見える。
多分新人さんだろう。名前知らないし。
「イベル様。お帰りなさいませ」
「ただいま」
アルメが箒をもったままお辞儀をし、隣のメイドさんもこっちに顔を向けた。
「……お! お帰りイベル。ベル君達も来てくれたのか。大したもてなしも出来ないがゆっくりしていってくれ」
「「「へ?」」」
いつも冷静なアルマス君ですら変な間の抜けた声を出した。
……ああ、察した。ブランって、変装すると完全に別人みたいになるんだった……。
「い、いや、あんた誰」
「え? 俺のこと皆忘れてんの?」
辛うじて返事できたベル君の言葉もブランには微妙に届いていない。
「いや、ブラン……毎度毎度思うんだけど、変装すると本当にわかんないから」
しかもおれの好みドストライクなのがちょっと腹立たしい。
黒髪三編みにフリル少な目の白黒メイド服。ちょっと古風なメイドさんスタイルだ。メイド喫茶とかの見た目重視のフリッフリのやつじゃない。
「あ……そっかそっか! ごめんな紛らわしくて」
「なんで主人がメイドに紛れてるの」
「恒例のソウルの罰ゲームだ。一週間メイドやれとか言い出して、最初羞恥で死ぬかと思った」
五時間ほどでようやく慣れ始めたらしい。
それでもまだ不満だらけらしいけど。
「ちょ、ちょっといいですか」
「ん? どうしたアルマス君」
「ブランさんって女性、なんですか?」
「…………? 今更……? 一応女だけど……」
ベル君がこっちを軽く睨んできた。
なんで言ってくれなかったんだよ、と目が訴えている。
「え、知らなかった?」
「知らねぇよ、あんな格好して男口調だったら勘違いするだろ‼」
なんか、聞かれなかったから言わなかっただけなのに後でおれが責められる気がする。




