二百二十三日目 言い訳したら怒られた
ソウルたちは、俺が入った隠し扉に気づいて追ってきたらしい。もっとガッチリ閉めてこれば良かったと思ってしまうほど、しこたま説教された。
その後、クリスがリドに能力を封じる魔法をかけた。
そんなもんあるのか? と質問したら「なんとかして作った」ときた。
この人も結構規格外だよね。というのも、憂鬱の能力が『魔法の作成』というとんでもないものだった。
そのぶん制約も多いみたいだけど、人を乗っとるほどの力のあるスキルを封じ込めることができるほどの魔法を作れる時点で十分異常だ。
魔法をつくることができるということは『誰にでも使うことができる』ということだ。
スキルみたいに持っている人だけが使えるものじゃない。魔力さえあれば誰でもその魔法が使えるんだ。
俺も魔法は作れないわけじゃないけど、それでも法則は破れない。ルールを無視して作れるクリスがどれだけ凄いのか理解できる。
「それで? どうして連絡もせず逃げたんですか?」
ぼけっと考え事をしていたせいか、ソウルがひきつった笑みを浮かべてこっちを見ている。
……ここまで怒ってるの、かなり珍しいなぁ。
「ギルマス? 僕本気でキレますよ」
「い、いや、あの……その、ね。傲慢の能力が記憶消去だって、キリカに聞いていたからなんとかして思い出す算段を立てたんだけど」
日本に行ったのは、この魔法を定着させるためだ。こっちの世界でそれやったら確実にバレて途中で阻止されるだろうから。
スキルの効果を一時的に無効にする魔法もないわけではないんだけど、あれクールタイムが異常に長くて一回使ったら二日は使えなくなる。
それ使って防いだとしても、再使用までの時間で能力かけ直されたら終わり。演技で誤魔化すという方法もないわけじゃないけど、ぼろが出そうだったから極力避けたかった。
「だから、その、ヒメノの血を使って……俺、味は忘れない自信あったし……血の味をトリガーに隠して守った分の記憶を取り戻す魔法を、かけて」
自分で言うのもなんだが、俺はかなり舌が良い。
一回でも舐めた血の味は忘れたことがない。
大事な連絡事項とか忘れるけど。
「で、発動したは良いんだけど、タイミングが悪くて……なんかもう記憶混じってわけわからんってなって」
「逃げたんですか」
「……逃げた」
自分がなんなのか急に思いだしたせいで混乱した。
知らないはずのことを思い出すってのは、そのときは気味が悪かった。
「じゃあなんでそういう事態になる前に連絡いれなかったんですか? ギルマスなら出来るでしょ」
「俺はそんな万能じゃないよ。……それに、魔法の定着前にその魔法の存在を知られるわけにはいかなかったから」
リドが俺はなにもできないと思い込んでくれたのが助かった。
警戒されていたら、きっと魔法の存在に気付かれてしまった。
「っていうかそんな魔法あったんですか?」
「一年くらい前に、なんか魔法陣弄ってたらできた。効果も意味不明だったし誰にもいわなかったけど」
忘却魔法はある。だが、精度が低い。
ほんの少しの切っ掛けで思い出すことができてしまう。
だから現実的には忘れさせるより改竄する方がよっぽど良い効果を生む。だから忘却魔法を予防する魔法の意味がわからなかった。
絶対使わないだろうなと思って死蔵していた魔法だった。思い付く直前まで忘れていたくらいだ。
「クリスさんが異常とかブランも人のこと言えないと思う」
イベルに言われた。イベルに!
そして全員頷くんじゃねぇ。
そういえば、キリカは?
「キリカは?」
「そうだ、キリカは正義と戦ってるんだった!」
え? 今の今までお前ら忘れてたの?
正義って、二刀流のあの子だよな。
俺でも結構手こずる相手だ。けど。
「今すぐ助けにいかないと!」
「……多分大丈夫だと思うけど」
俺の言葉にライトが怪訝な表情になる。
「しかし、主ですら倒しきるのは難しい相手と聞きました」
「ああ。俺ではな。けど、キリカなら相性が良い」
正義は二刀流、しかも正統流派の貴族が使うみたいな型に則った構えだった。
ちゃんとした環境でちゃんとした技術を学んできた証拠だろう。俺みたいな半分我流の戦いかたじゃない。
そしてキリカは、鎖鎌。鎌ってのは元々農具だから武器ですらない。それに鎖は拘束もできるしピンと張れば防具にもなる。
武器としては小型で、服のなかにしまうこともできる。
だからキリカは実は二つ、いつも懐にしまってある。
キリカの本気の構えは両手に一本ずつ鎌を持ったスタイルだ。
その動きは鎖鎌を見なれない人からすれば予想がつかない。
「一対一を前提とした正々堂々を重きに置く流派じゃ、あの動きには対応できない」
間合いが掴みづらいためナイフよりも捌きにくい。
「お待たせいたしました、マスター」
そんなことを話していると、鎖でガッチリ拘束された正義を引き摺ってキリカが現れた。
……容赦ないな……。
「ああ、うん。お疲れ様」
返り血をベッタリと顔面に浴びて帰ってきたキリカにこの言葉以外、なんて返せば良いのかわからなかった。
それから七騎士のことはクリスに丸投げして一旦家へ帰った。
まず、メイドたちに「もう二度とこんな危ないことはやめてください」と本気で泣かれた。
そのあと、遇う人遇う人に滅茶苦茶怒られた。
特にゼインなんてレクスが怯えるほど本気で怒ってきた。こっちが泣きたい。
この方法が一番穏便にすませられると思ったのに、至るところで叱られた。
「俺を泣かしたいのか皆」
【あら。当たり前じゃない。馬鹿ね】
「……そーですね」
リリスの言葉に反論する気力もない。
ベッドに横になって眉間を押すと、コリコリと音がした。
身体中あらゆる場所が凝ってる。
【それにしても、言わなくても良いの?】
「なにを?」
【……思い出せないこと】
なんで、リリスがそれを知ってる?
俺はまだ誰にも言ってないぞ。
「おい」
【わかったわよ。なにも言わない。その気ならそうすればいいわ】
それきり、リリスは黙った。
良い香りのする枕に頭を預けて大きくため息をついた。
「別に言うまでもないことだろ」
あいつらには知られたくないし、知られたところでどうにもならない。
俺は、能力から記憶を守るために記憶の一部に魔法をかけて隠した。だが、それ以外の記憶は、全部綺麗に消えている。
四年。それがなんとかして残せた記憶だ。
皆のこともわかるし、普段の俺として振る舞える。
だが、五年以上昔に遡ろうとしても全く思い出せない。
なぜ家族と不仲なのか、それもわからない。なんで俺はあんなに父親を邪険にしていたのだろうか?
……思い出せないけど、ソウル含め最長でも二年前からの付き合いしかない皆には関係のないことだ。
ただひとつ寂しいのは、ソウルとゲームでどうやって出会ったのか、わからないことかな。




