二百二十二日目 バレた
「……本当に、そうなのか?」
そう呟くように言って、傲慢は……リドは両手を強く握りしめる。
爪で自分の手を傷つけて血が出るくらい、強く。
「俺は、お前を守れなかった。お前を殺してしまったのは俺だ」
リドは多分、正しいことを言っているのだろう。
この世界では強さこそ正義だ。
守れないということは弱いという事実があるからであり、その事実をひっくり返せない限り起こったことは全て自分の責任だ。
強くならなければ、この世界では悪そのもの。いっそ潔いくらいの弱肉強食。
だからこそリドは守れなかった自分を責めるけど、俺はそうは思わない。多分、フィルだってそんなこと思ってない。
「そうだね。確かに、起こってしまったことは消えない。でも兄上はまだ未来があるでしょ? 昔を忘れてなんて言えない。……ボクだって忘れて欲しくないしね」
過去は変えられない。
時間を巻き戻しても、一度はやってしまったという事実は消えることはない。
だから俺は何があっても時間は巻き戻さないと決めている。
起きたことをねじ曲げるのは、なんか違うと思うから。
「兄上はボクを覚えていてくれるだけでいいんだ。それがいいんだ」
「そ、それでも」
「それとも兄上はボクに嫌がらせをしたいのかい? 兄上に幸せになって欲しいのに、兄上はボクのせいで幸せになろうとしないと言う。ならボクの願いは誰が叶えてくれるの?」
リド。あんたはあまりにも綺麗なんだ。綺麗でいようとしている。
泥水を啜ってでも生き延びようとするしぶとさがない。
だから幽霊に乗っ取られてるんだよ。
もっと意地汚く、泥塗れで進まなきゃ。
泥に汚れるのを嫌がってたら、いつまでもそこから進めない。
「……お前は、本当にフィルなのか?」
急に。突然バレた。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「いや、あいつならそんなに勇ましいこと言わない」
「……そうか。失敗しちゃったかな」
一度怪しまれたら、もう無理だ。
下手にやり通そうとするより素直に言った方がいい。
……既に楔は打ち込んだ。
「でも、君の弟の言葉であるのは間違いないよ。クリスから直接聞いたからね」
「………クリスか。あいつは今どこにいる」
「普段の君に知られれば殺されちゃうから、彼は今隠れているよ」
幽霊は、乗っ取りを阻止しようとする相手を徹底的に排除しようとするらしい。
だから明確に敵対行動をとっているクリスとヘレナさんは能力を使って隠れているんだ。
「普段の俺、か」
「自分がなにやってたか覚えてる?」
「薄ぼんやりとは。……酷いことをした」
「そこは否定しない」
他人の記憶を消し、都合のいいように作り替えて。
一度は記憶が消されたからわかる。自分も周りも信用できないあの恐怖は、半端じゃない。
「……やり直せるだろうか」
「さぁな。知らん」
「他人事ではないだろう」
「ないけど、これから先あんたが何するかなんて俺にはわからん。記憶の改竄なんて罪を償えるとも思えないし、この能力とどう向き合っていくかも大きな課題だ」
便利だが、力を使えば使うほど自分とは遠ざかっていく。
それは並の精神力では耐えられない恐怖だ。
「でも、俺は……一応、あんたのこと恨んでないわけじゃないけど……話くらいは聞くさ。受け入れるかどうかは別として」
言うこと全てを無視されるよりよっぽどいいだろう。
話くらいなら、謝罪くらいなら聞こう。
許すとか許さないとかはその時の気分次第だな。
「……すまない」
フィルではない『ブラン』と話しているのに、リドは『傲慢』ではなかった。
それは恐らく、彼のなかで踏ん切りがついたのだろう。
今まで先送りにしてきた弟の死という事実を、乗り越えはできていないかもしれないが理解くらいはした。
その手の情報は全て耳を塞いで拒否し続けていたのに比べたら大きな進歩だ。
とりあえずはもう大丈夫だろう。
壁に向かって合図をすると、準備していたのであろうクリスとヘレナさんがすり抜けて出てきた。
「⁉ クリス⁉」
「……今までずっと隠れていたんだ。悪かった、リド。お前に全部背負わせて」
「そうか……無事だったんだな……よかった」
能力を使って疲れたらしいヘレナさんをソファに座らせながら、ずっと近くにいたのに会えなかった友人二人の再会を横目で見る。
リドが乗っ取られてからすぐに異変に気づいてヘレナさんの能力で別空間に逃げ込んだら出るに出られなくなってしまったクリス。
色々と感情が高ぶっているのか、二人とも静かに号泣している。
「微妙にカオスだな……」
「そうですね」
……いや、いい光景なんだろうけど。なんか男二人ってのが……? あれ? ヘレナさんって喋れたっけ?
後ろを見ると、ソウルが額に青筋を浮かべてこっちを見ている。口だけは笑っているが、目が笑ってない。
あ、ヤバイ。これはマジでキレている。
「え、えと。ひ、久しぶり……元気だった?」
「ええ。そうですね。先ほど骨折しましたけど、元気ですよ」
冷や汗が止まらない。これは、一時間やそこらでは説教が終わらないやつだ。
なんとかして回避したいところだが、この状態のソウルを止める方法があるのなら白金貨払ってでも知りたい。
「ギルマス? どこを見ているんですか? 僕はここですよ」
「い、いやぁ……あ、他の皆は」
「今は手分けしてあなたを探していたんで、僕しかいません。それで? 見た感じ連絡をとる方法はいくらでもありそうなのに連絡しなかったのは何故ですか?」
あー……やっぱそこですか……そこですよね……
「お、俺にも色々あってだな」
「それは知ってます。大変だったんだろうなともわかってます。でも言わせてください。連絡しなかったのは何故ですか?」
…………。
「わ……忘れてました……すみませんでした……」
このあと、イベルたちと合流するまで俺は土下座でソウルの説教を延々と聞かされ続けた。
次回、ブランがソウルにひたすら言い訳します。




