二百二十一日目 聞きたい言葉
ーーーー≪ブランサイド≫
「……急に電気消えた……」
なんとかしてソウル達と行動しているらしい傲慢を分断させようかと考えていたら電気が消えた。
いやまぁ供給が切れたのは電気じゃなくて魔力だけど。
お陰で真っ暗。種族の特性で夜目は効くから前は見える。
でもその混乱に乗じたのか、傲慢が行方不明になった。
実はこっそりソウル達の後をつけていたりする。
クリスとヘレナさんが隠れていたのはヘレナさんの能力で作った別空間だったから、出口をソウル達の真後ろに繋げてもらった。
皆無事そうで本当によかった。俺確実にソウルの肋骨何本か折っちゃったけど……
真っ暗になって勝手に傲慢が逃げてくれたから分断する手間が省けた。
……ほんとは分断する必要全くないんだけど、こんな姿見られたくないし。
さて、任務開始と行きますか。
暗くなった時に傲慢がたまたま横にあった隠し通路に逃げ込んだのが見えた。隠蔽系統の魔法を何重にもかけ直して俺もそこに入る。
「ん?」
「どうした、イベル?」
「いまなんかそこにいた」
……! 勘がよすぎるだろ⁉
俺でも結構見つけるの苦労するくらいの魔法をつかってるのになんとなくで反応するとか凄いなお前‼
イベルは魔力量によって成長が早まったりする種族だから魔法とか魔力の動きには細かく体が反応するのかもしれない。
急いで通路に入って扉を閉める。
早く終わらせないと、色んなところから邪魔が入りそうだ。
通路を進むと、地下へ向かう階段があった。
階段を下りていくと頑丈そうな扉を見付けた。罠の可能性も捨てきれないので一旦クリスに連絡を取る。
「地下室があるんですけど、入って大丈夫ですか?」
『そこなら問題ない』
回線を切ってからそっと扉を開けると、目の前に傲慢が立っていた。めっちゃビビって尻餅をついてしまった。ダサい。
「……? おお!」
「え?」
「何してる? 寒いだろう、中に入りなさい。今から部屋を暖めよう」
急にどうなってる⁉ な、なにがなんだか。
傲慢が異常に優しいんだけどどうしたのか。
「なにかおかしなことでもあったのか、フィル」
……フィル。そうか。
クリスが傲慢はフィルを失ったことを忘れようとしてスキルに飲み込まれたと言っていた。
俺がたまに距離感がおかしくなったり、知りもしない相手の名前を言ったりしていた時期があったみたいに、それには波がある。
俺の場合、ブランという俺にグリフという幽霊の記憶や感覚が流れ込んできたタイミングはここに来て少したった頃に特に酷かった。だが今は落ち着いている。
傲慢は今、元の人格――リドが出てきている状態なんだ。
何がきっかけでそうなってるのかもよくわからないが、これは好機だ。今なら説得ができるかもしれない。
「ほら、お前の薬を………フィル?」
「………」
ここに来るまでに覚えた言葉を、もう一度頭のなかで暗唱してから声に出す。
「……兄上。ボクはもう充分です」
「なにがだ」
「これまでずっと兄上はボクを助けてくれた。クリス兄も。たくさん、たくさん頑張って、貴重な薬まで買ってくれて」
クリスの台本通りに、完璧に。
ため息ひとつタイミングを間違えばリドは俺をフィルと認めなくなる可能性がある。
騙せ。誤魔化せ。勘違いさせろ。
俺はブランじゃない。今だけは、フィルだ。
「ボクが居なくなったときに兄上はボクを助けようと必死になってくれた。それで、ボクは満足だよ」
「なにを言っているんだ?」
信じようとしない。今のリドは昔の、親父から逃げていた俺によく似ている。
こうだと決めつけてくる大人が嫌いで、それを押し付けてくるんだろうと、話もしていないのに耳を塞いで逃げた。
親父が考えを改めてくれる可能性だってあったし、俺も頑固に親父を否定し続けた。
その結果が、家庭内の重度引きこもりだ。
学校には行っていたが家ではずっと部屋に籠って外に出なかった。長期休暇の時なんか、外に出る必要がなくなったせいで二日くらい何も食べないなんてしょっちゅうだった。
リドも同じ。
フィルがいないことに耐えられなくて、自分の殻に引きこもった。そのせいで傲慢というスキルに喰われてしまった。
「お前は元気になった。これからずっと一緒だろう? クリスもどこかに行ってしまったけど、あいつのことだ。ふらっと帰ってくるさ」
リドは、クリスが心配のあまり憂鬱という能力を得てすぐ近くで見守っていることを知らない。
普段表に出ている傲慢のスキルのせいでフィルが死んでからの記憶がかなり欠如してしまっている。
「……兄上。ボクは」
………いや、ダメだ。
これじゃダメだ。違う。
この言葉では、リドは喪失感を消すことができない。
俺は急遽クリスの台本を頭から消し去って別の言葉に変更することにした。普段ならあり得ない。失敗するリスクが高すぎるから。
でも、似た者同士だからだろうか。何を言ったらいいのか、リドはどんな言葉を求めているのか、わかる気がする。
「兄上。ボク……兄上が大好き。ずっと一緒にいたい。クリス兄も一緒で……昔みたいに探検したり、遊んだりしたい」
「それなら」
「でも、クリス兄が言ってたんだ。兄上はボクのせいで大人になれないんだって」
リドは、多分愛されたかった。
弟をとても大切にしていたが、自分も大切にされたかったんだ。
親父に認めてほしいと、会話すら避けていたくせにそう思っていた俺みたいに。
見返りを求めている、といったら言い方は悪くなってしまうかもしれないけど。
リドも俺も、自分がそうしているように人に認められたかったし、愛されたかったんだ。無償の愛とやらが欲しかった。
俺にとって幸運だったのはソウル……ヒメノがいたからだ。
ヒメノからのこっちが驚くくらいの好意を向けられて、とても嬉しかったんだ。
「兄上。ボクは幸せだったよ。だから、兄上にも幸せになってほしいんだ。これから先、どんなに苦しいことがあるのかボクにはわからない。でも、死ぬ直前に『幸せだったな』って兄上が思えるようになってほしいんだ」
幸せだった。フィルはクリスにそう伝えていたらしい。
こんな偽者の言葉で代わりになるとも思えないけど、せめてそれだけは知っておいてほしい。
「ボクは、幸せだった。兄上……大好きだよ」
それはクリスに託されたフィルの想い。感謝と親愛の言葉だ。




