二十二日目 全てを越えたもの
ピコン、と音がなり、一通のメールが届いた。
なぜかはわからない。わからないけど、一瞬俺はそれを開くのを躊躇った。なにか、これを見てしまったら大切なものを失うような、そんな感じ。
それでも見ないぶんには進めない。意を決してアイコンを触った。
「俺………⁉」
見た瞬間、ゾッとした。セドリックである俺と女子高校生である俺。その二人の写真がメールに貼り付けてあった。
俺は一回迷ってからセドリックをタッチした。
また俺の目の前に画面が大量に表示される。年表のようにも見えるそれは、セドリックとして俺がやったことの数々がリストアップされて載っていた。
一番上はゲーム開始時間。ギルドを設立したこと、リリスを倒したこと、ヒメノとワールドマッチでキスをしたことまで書かれている。
なんか急に恥ずかしい。っていうかこれ記録っていうより日記みたいだな………
セドリックがヒメノとキスをし、それに憤怒した魔神リリスが怒りの鉄拳を食らわせた。とか、なんか文章が個人で楽しむような風にしかみえない。
一番最後は、宴会をしたところで終わっていた。確かに最後は皆で普通に酒飲んでた気がする。
セドリックのページを閉じて、俺のリアルの方をタッチした。
「最初からじゃないんだ………?」
セドリックのほうとあまり変わらない時間から記録されているからドラゴン・ファイアのこととかは書かれていない。
俺は一番下まで読んで…………膝から崩れ落ちた。
【電車が落下する事故に遭い、『ヒメノ』と共に死亡】
ヒメノは………死んだのか? 俺も死んだ………?
じゃあ、じゃあここにいる俺は………
「一体、誰なんだ…………?」
涙が止まらない。自分が死んだことは正直どうでも良かった。ヒメノが助からなかった。それがわかってしまったから。
「嘘………嘘だろ………ヒメノ」
あいつが死んだなんて。俺、まだ………
「あいつになんの返事もしてないのに…………!」
これから言おうと思ってたところに電車が落ちてくるとか、普通ないだろ。あり得ないだろ。考えないだろ!
指輪を握りしめて、ただただ静かに泣いた。何を考えてもヒメノの顔が脳裏によぎって出てくるのは涙だけ。
あいつと俺を繋ぐものは、もうこれしかない。
買ってもらったばかりのバレッタも地面に叩き付けられたときに壊れてどこかへ飛んでいってしまった。
ふと視線を横に向けてみると、濃い青色の髪に透き通るような水色の目をした人が黒い壁に反射して映っていた。
セドリックと俺を掛け合わせたらこんな感じになるんじゃないだろうか。セドリックにしては若すぎるし俺にしては顔が整いすぎで背も高い。
もう、これは誰でもなかった。全くの別人。
セドリックそのものは俺をベースとしてできてるから掛け合わせてもそこまで違和感はでない筈。でも、それはそれでどっちの俺でもない俺ができあがってしまった。
誰だよ、お前。黒い壁に映った他人の俺は死んだような目をしていた。いや、実際に死んでるんだ。浜に打ち上げられた魚の方がまだ生気あると思う。
濁りきった目。ぼさぼさの髪。泣いたせいで目元が真赤だ。
「はは、こんな顔じゃヒメノにも会えねぇよな………はは」
なら俺はどうしてここにいるんだろう。俺じゃなくてヒメノが生き返ってくれればそっちの方がよかったのに………
いや、これは生き返ってるんじゃない。死んだんだ。死んでる状態で生きている。まるでゾンビそのもの。
ピコン、と俺が泣きつかれた頃にまたメールがきた。
疲れて立ち上がる気力もない俺はその場でメールを開いた。
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件名;ギルマス!
届いていますか。僕です、ヒメノです。
見たら返事をください。
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止まっているとさえ思っていた心臓が大きく跳ねた気がした。
「ヒメノ!」
すぐにメールを打ち、送信する。
直ぐに返信がきた。
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件名;よかったです
僕は今多分洞窟のなかに初期装備で居ます。
それでよくわからない部屋に入ったら、
なぜか装備選択して
自分が死んだのも知りました。
ギルマスはどうですか?
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俺と一緒だ。メールが届いたからヒメノは多分こっちからも送れるんじゃないかって気付いたんだ!
俺も似たようなものだと打ち、送信する。そもそも互いにどこにいるのかわからない状況だ。同じ洞窟内にいるのか全く別のところにいるのか。
そもそもなぜここにいるのだろうか。
その後もヒメノといくらかやり取りをして、また連絡すると決めてから通信を切った。電話のような機能のチャットは使えなかったから面倒だがメールを使っていくしかない。
「よかった、よかった………あいつも無事だ………」
死んでる時点で無事ではないんだけど、本当によかった。さっきとは違う意味で出来た涙がぽろぽろと地面に落ちた。
もう一度最初の画面に戻ってみると、端のログに、
【スキル『全てを越えたもの』の発動を確認。死亡後、魂の移動を開始します。尚、『ヒメノ』も『セドリック』に触れているために同様の処置を施し、魂を移します】
どういうことだ。
『全てを越えたもの』なんてそんなスキル俺は知らないぞ。でも、ヒメノが生きているのは俺がたまたま最期にあいつの手を握っていたからみたいだ。
そう考えたところで、急に眠くなってきた。
「凍死とかじゃない、よな…………?」
ドラマとかで寝たら死ぬぞ‼ とか言ってるあれだ。ここ寒いし俺死ぬのかな。………死んだばかりだけど。
ゴン、と頭を打ったような衝撃がした。
「いってぇ⁉」
頭を押さえて立ち上がると目の前に人がいた。男の人。誰。
しかも俺が頭打ったの見て必死に笑いをこらえている。もういっそのこと爆笑してくれた方がスッキリするよ。
「ああ、ごめんね。面白くてさ」
そんなに面白い落ち方したのかな。結構痛いのは事実だし。
「どなたですか?」
「君の好きなように解釈してもらって構わないよ」
じゃあ男性Aってことにしておこう。で、ここどこだろう。
「ここどこですか」
「それも君が思うように考えてもらって構わない。だけど君は今眠っている状態であることは間違いないよ」
この人なに言ってるんだろう。まぁ、いいや。夢って解釈でいいのかな。こんなに夢っぽくない夢は初めてだけど。
「君は死んだ。それは理解してるかな?」
「まぁ、一応」
「わかっているならいいさ。それで君はログを確認した筈だ。そこになにがあった?」
「スキルの発動。でもあんなスキル見たことも聞いたこともないです。それに魂の移動ってなんですか」
質問を続けていうと男性Aは両手を広げて困ったような表情になった。
「まぁまぁ、時間はあるから。ゆっくり話そう」
俺からしてみれば意味がわからないことが立て続けに起きすぎてキャパオーバーしてるんではやく説明してほしい。
口ぶりからしてこの人が色々やっているようだし。
「まず、君のスキルだ。あれはとあるジョブ専用スキルで、本人の死亡と同時に発動される。なにかわかるかい?」
俺が理解できていないジョブはひとつ。時間があまりなくて効果とかも確認してなかったから気づかなかった理由もそれだ。
「適合者」
「正解。あれは全てのジョブを終えた人限定でつけることのできるものでゲーム開始からあれを見つけたのはセドリック、君だけだ」
そうだろうとは思っていた。そもそも生産職と戦闘職を交互に選択とか出来ない仕様になってるからそうそう俺と同じ域に達する人はいないだろうと思う。
「けど、君は運がいい。本来はあのゲームを始めて十年後に他の職もつけるようになるという設定だったんだ。それを君は魔神を倒すという云わば裏ゴールで条件をクリアしてしまったんだ」
俺が生産職にもつけるようになったのはリリスを倒したときだった。制限解除したとログに出たからなんかおかしいなと思ってたんだけど、あれって裏技だったんだ。
「じゃあなんでこんなジョブを?」
「簡単だよ。ここは君の住んでいたところとは違い、魔法が発達している。君の世界が銃と科学の世界としたらこっちは剣と魔法の世界って感じかな」
まるでラノベのような言い方だ。でも、それと俺になんの関係がある。
「君のいたところでは地球温暖化だとかそういうのが問題になっていただろう? こっちではそういった破壊の力………負のエネルギーとでも言おうか。それが発生したときに世界がある対策をとる」
「よく、わからない」
「そうだな。例えば核実験をして大失敗したとする。それで出た放射線を浄化するシステムがある、みたいな感じさ」
それってなんか危ういな………いつかそのシステム崩壊しそう。
「その対策っていうのが、魔物を作って倒させる。といったものなんだ」
「なんか急に原始的になった………」
「まぁ、君からしたらそうかもね。どうしても出た負のエネルギーは消すことは不可能。だからそれがより集まって生き物に変化してしまう」
なんかそれ魔物が不憫。捨てられたゴミで出来たよくわからない生物、みたいな分類なのだろうか。
「今までは頑張って魔物の量を最小限に抑えてたんだけど、とあることでそれができなくなって一気に地上に放出されてしまったんだ。だから今地上は大混乱」
自業自得っていうんじゃないのか、それ。元々は自分達のやった負のエネルギーだとかそういうのが原因なんだろ?
「それで私たちは考えた。この世界のシステム内だったらもう処理しきれない。だったら他の所から連れてくれば良いのではないかと」
やけに嬉しそうに話すんだなぁ………。それにその計画こっちが大迷惑。
「それで君の世界にあるゲームというもの。あれのシステムを弄らせてもらって、こっちの世界と仕組み的にはなにも変わらない疑似世界を作ったんだ」
「それに引っ掛かったのが俺って訳か………」
「さっしが良くて助かるよ。そう言うことだ。君の戦闘力はずば抜けている」
そんなこと言われても、俺って喧嘩物凄い弱い。知識もないし、人を殴る筋力もない。そこら辺の女子高校生が強かったらそれはそれで怖いけど。
「でも俺リアルじゃ全然強くない」
「それは大丈夫。君の年齢にまでは調節させてもらったけどその体はアバターのセドリックとほぼ遜色ないものの筈だ」
縮んだのは俺の年に合わせたからなのか。
「ここまで説明すればわかったかな?」
「適合者っていうジョブを持ってる人は死んだら自動的にこっちに送られるってことなんだろ? その為の選定基準が全ジョブの終了。あってるか」
「間違ってないよ。その通りさ」
なぜかすんなり受けいれている自分がいる。
この状況を理解できるというのは俺、メンタル強すぎねぇ?
見てよ、この落ち着きよう。俺どうかしちゃってるんだ。
「それで、君の今の状況だけど」
「ヒメノ。ヒメノはどうなんだ。ヒメノが居るのはなんで」
「彼も一応対象者だったからね。君のように全くのペナルティなしって訳にはいかないけど君と同じ洞窟にいるよ」
「…………俺達は帰れるのか」
この世界に骨を埋めるとかそういう問題じゃない。別に戻れたところで家には居場所はないし俺は正直どうでもいい。
けど、ヒメノはどうなるんだ。あいつはきっと未練がある。やり残したことだってあるだろう。
「帰れないよ」
即答だった。薄々そんな気はしてたけど面と向かって言われるとやっぱり悔しい。
「君が条件をクリアしたら帰れるかもしれないけどね」
「条件の…………クリア?」




