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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
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二百十九日目 欲しいもの

 俺の劣等感……。


「どうだ、思い当たることはないか」

「……これだと思えるものはない、ですかね」

「そうか。まぁ、とりあえず食事にしよう」


 忍耐のスキルを持っている女性が野菜スープを持ってきてくれた。


 彼女はヘレナという名前らしい。怪我が原因で声が出せないのだとか。


「俺が診ましょうか、喉」


 これでもそこそこ腕のある魔法使いだ。薬だって作れるし、もしかしたら声を取り戻せるかもしれない。


「………」


 彼女は軽く笑って首を横に振った。


「……受け入れているんですね。そうであるなら、もう口出しはしません」


 俺の左足と同じだ。俺も友人を助けるために足を捨てたが、後悔はしていない。


 むしろこれは俺が大事な人を守れたんだという証だ。変な足をくっ付けられようと、それは変わらない。


 別に自己犠牲に酔ってるわけじゃない。


 ずっと誰の役にも立てなかった俺だけど、あいつは俺の足を見て俺の分まで泣いてくれた。


 俺としちゃ、それで十分すぎる程の報酬を貰ったと思っている。


 俺に純粋な好意を向けてくるソウルやレクスみたいなやつじゃなく、利害関係でありながらも信頼し合える友人が俺のために泣いてくれる。


 それが、何より嬉しかった。


 だから怪我を治さないというのなら、俺は無理に治した方がいいとは言わない。


 怪我を戒めとする人も居るし、誇りとする人も居る。


 ヘレナさんにとって、大事なことなのかもしれない。


「それでだ、どうやって傲慢の力から逃れた?」

「逃れたっていうか……反射術式の超高度なやつを数日かけて体に染み込ませて、あるタイミングで記憶が戻るようにしたんです」


 予めキリカから傲慢のスキルの能力を聞かされていたからなんとか対処できただけだ。不意打ちで来られてたら今も自分をフィルだと思い込んでいるだろう。


「あるタイミング?」

「俺の場合、血です。とある人物の血の味をトリガーにしました」

「血の味、か。吸血鬼ならではの発想だな」

「誉め言葉と受け取っておきます。俺は特に味覚が鋭いんで一回飲んだ血の味は大抵忘れません。それを頼りに魔法を発動する術式を組みました」


 正直、かなりデカイ賭けだった。


 日数で反射する術式だと、発動する前にソウル達が来てしまえば俺は多分傲慢側についてしまう。


 助けに来たとは言っても、拐われた方がなにも覚えていなければ逆に向こうが侵入者だ。


 かといってあまりに早く解きたくとも、術式が複雑すぎて発動にすら時間がかかる。


 それに一回しか使えないから、記憶が戻ったとしてもすぐにかけ直されでもすればもう二度とブランには戻れない。


「無茶な賭けでした。多分あいつらなら正面から俺を助けに来る。それを傲慢は逆手にとって俺と戦わせようとするだろうと。だから戦闘中に発動させるために血を舐めることを発動条件にしました。記憶はなくとも、俺の舌はあいつの味を忘れない」


 とはいえ、うまくいく確率はかなり低かった。


 ソウル達が来ても傲慢が俺を出さない可能性だって十分にあったし、血という条件は必然的にソウルが怪我することが前提になる。


 戻ったときには遅い、という可能性もあった。


「そういうことか」

「はい」


 ヘレナさんが持ってきてくれたスープは、少し薄いけどとても優しい味がした。


 木製のスプーンで細かくカットされた野菜を掬って食べてみると、あまり体力の戻っていない俺を気遣ってか確り煮込まれていて柔らかい。


 もっと豪華なものや味が確りしていて美味しいものも世の中にはあるが、このスープは他の料理とは全くの別枠だ。


 ソウルとレイジュを比べるようなもんだ。好きのベクトルが違う。


 こんなにも暖かく感じる料理は、初めてかもしれない。


「おい、どうした」

「………へ?」


 ヘレナさんとクリスが不思議そうな顔でこっちを見ている。


 なんか俺の顔に付いてるのか?


 ……え、濡れてる。


「あ、あれ? ………なんで、勝手に」


 拭っても拭っても次から次へと涙が溢れ落ちてくる。


 なにか泣くことがあったのか、今の会話で⁉


「目に、ゴミでも入ったんですかね。すみません、お気になさらず」


 なんで止まらないのか。


 目が痛いわけじゃない。何が悲しいのかも、わからない。


 壊れた蛇口みたいに、止めたいのに止められない。


「………」


 ヘレナさんが、右手を伸ばしてきた。反射的に叩かれると思って身を縮こませると、思ったほどの衝撃はこなかった。


 そっと頬を撫でてきただけだった。


「え……」


 ただ、それだけだ。なのに余計に耐えきれない涙が込み上げてくる。


「すみません、なにがなんだか」

「……君は、無理をしていないか? 友人のため、家族のためにと働く内に自分を守ることを忘れていないか?」


 それは、違う。だって俺のことはみんなが守ってくれるから。


「君がどうしようと君の勝手だ。だが、君は本当に自分のやりたいことをできているかい?」

「俺の、やりたいこと……」


 俺は……俺が、やりたいのは……


 ………わかった。俺の劣等感。


「多分、俺は……夢が、欲しい……やりたいことが、欲しい」


 今の俺に、やりたいことは特にない。


 仕事で忙しくなる内に、自分のやりたいことが仕事と混同されて自分のなかで何が自分の意思なのかわからなくなっていた。


 戦争に参加したのも、やりたいことが特になかったからだ。


 友人や仲間のやりたいことを自分のやりたいことだと勘違いしていたんだ。


 俺には、考えを貫き通す意思がない。


 だから知らず知らずのうちに、友人や仲間に嫉妬していた。


 俺では得ることのできないものを、皆はもっているから。

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