二百十五日目 気付いてない
直ぐにでもここから離れなきゃいけないのに、痛みで体が動かない。
こんなことなら、魔法関係以外のステータスも伸ばしておくんだった! ……後悔したところで遅いけど。
白い魔物が姿勢を低くして、
「は……?」
傲慢に思いきり噛み付いた。
全くの想定外だったのだろうということは傲慢の表情を見れば誰だってわかる。
白い魔物は傲慢の肩を噛み砕いて、壁際に放り投げた。言葉にしたら、ただそれだけ。
でもこの一瞬で戦況は大きく覆った。
「ソウル、今治すから」
とりあえず好機と見たのか、イベルが怪我を治してくれる。それでも魔力量はかなり少ないから、途中からは僕も自分で自分に魔法をかける。
「………」
白い魔物は動かない傲慢と固まって警戒している僕らを何度か交互に見て、ゆっくりと踵を返した。
背にはエルヴィンさんが刺した剣が突き刺さっている。さっき痛がっているようにみえたから確実にダメージは入っているはずだ。その証拠に血がポタポタと滴っている。
若干ふらつきながら自分が出てきた方の扉へ、足音を鳴らして去っていく。
「洗脳の魔法でも、解けたのでしょうか……」
『確かに使役紋とかでそういう無理矢理やらせる効果ってのはないわけじゃないけど……』
やりたくないことを強制させる洗脳系の魔法があるけど、あれは術者が解除するかその術式そのものを壊さないと解除できない。
術式を壊すには真逆に作用する反転術式を正確に当てなければ壊せないし、傲慢が洗脳を急に解いたとも考えにくい。
稀に術式を壊すことに特化した武器もあるけど、エルヴィンさんの刺した剣は数打ちの汎用品だ。
そんな特殊な効果が期待できる剣でもない。
「アイツ、どうする?」
「とりあえず軽く死なない程度に治して拘束しましょう。ブランさんがどこにいるのかわかりませんし」
魔力を発散させて魔法を使えなくさせる手錠や目隠しなんかでぐるっぐるに拘束してから軽く回復魔法をかけて傷をある程度治してから水を顔面にかけて目を覚まさせる。
「ッゲホ、ゴホッ」
咳き込みながら目を覚ました傲慢にライトがナイフを首もとに当てて脅す。結構怖い……ブランさんもよくやってるけど……。
「おい、ニンゲン。主をどこへ隠した。返答次第では殺す。主が酷い目に合ってても殺す。主の場所を言わなくても殺す。自害しようとしても殺す」
……とりあえずライトに脅させるのはやめた方がいいかもしれない。
多分最近のあれこれでかなりキレている。放っておいたらいつの間にか殺していそうだ。
「エルヴィンさん、ライトと変わってくれませんか?」
「……」
「エルヴィンさん」
「………」
「エルヴィンさん! ライトが情報源殺しちゃいます!」
「あ、ああ……。すまない。なんの話だ」
なにも聞いていなかったらしい。
エルヴィンさんは地面の血をじっと見つめて何やら考え事をしている様子だ。
ただ、今はとりあえずライトを止めるのを手伝って欲しいと思う。だってライト、このままじゃ脅し用のナイフで喉をズバッとやっちゃいそうだ。
「おい、傲慢」
「……」
「あの魔物はなんなんだ?」
エルヴィンさんの問いに、傲慢が鼻で嗤う。
「ハッ……気付かない時点でお前らは所詮それまでだ」
気付かない時点? ……なにに?
「やはりそうか……! ライト、ソウル、ピネ! ついでにイベル!」
「おれ何でオマケ扱いなの⁉」
「急ぐぞ! さっきの魔物は――――」
ーーーーー≪ブランサイド≫
「クゥ……ぐ」
危ない……もう一歩遅かったら、あいつら皆殺しだった……!
それも、俺自身でソウルを殺しかけて……
「あぁ……俺、つくづく運がない……」
人の形態に戻って、腰に刺さっている剣を引き抜く。蓋になってるものが無くなったからか血がどばっと溢れてきた。
「何が兄上だ……反吐が出る……俺は、フィルじゃねぇっての……」
フィルってのは、死んだ傲慢の弟だったらしい。その役目を他人の俺に背負わせるとか、あいつもどうかしてる。
足から力が抜ける。気づいたら床に寝転がっていた。
「は、はは……バカみたいやん……」
反転術式を日本で体に刻み込んだはいいものの、魔法の発動があまりにも遅すぎた……
あいつら俺に気付いてなかったし、このままここから離れて海にでも身投げしてしまえばいい。
ずるずると左足を引き摺りながら前へ進む。正直、めちゃくちゃ苦しいし痛い。
だけど、ここで死ぬわけにはいかない。
……もしあいつらが死んだ俺を見つけでもすれば、エルヴィンは自分がやってしまったと悲しむ可能性が高い。
仕方ない状況でも、結果が全てだ。きっと俺が死んだという結果だけを気にしてしまうだろう。
だからせめて、
「死ぬなら、この傷以外の理由で死ななきゃ……!」
時間が、もうほとんど残されてない。




