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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
214/374

二百十四日目 圧倒的な差

 全員、小さく息を飲む。


 化け物。それも、正真正銘の。


「………」


 当の白い魔物は僕を弾き飛ばしただけでそれ以上の追撃もせずにただその場に立ってぼんやりとこっちを見てくる。


 全然助かってないけど正直助かった。このスピードでもう一回突っ込まれでもしたら僕は死にはしなくても確実に戦闘不能だ。


「なにをしている。やれ」

「………」

「やれ!」

「……!」


 今、迷った? 魔物が命令に逆らおうとした。


 傲慢からの指示を受けて僕たちを殺しに来ているが、本人はそこまでやる気ではないみたいだ。


 というか、恐怖で傲慢に従っているだけの従属関係なのかもしれない。もしそうであるなら、助けられるかもしれない。


「ソウル」

「僕は大丈夫です。ピネ。僕の耐久力を上げてください」

『わかった。ウィンド・ガード』


 ピネに物理攻撃のダメージがある程度カットされる魔法をかけてもらえたけど、これも多分ここまで強い魔物にはあんまり意味がない。


 それでもやるとやらないとでは雲泥の差だ。


「行きますよ、みなさん。僕の魔法に合わせてください」


 周囲の温度がどんどん下がっていく。種族柄身体能力が高いエルヴィンさんやライトとは違い、僕は普通の人間だ。


 自分の魔法で作られた寒さに自分がやられてしまう事もある。


 吐く息が白く染まる。寒さからか、手が勝手に震えだして安定しない。


「それ以上は」

「わかってる。でも、やらなきゃ」

「ソウル。おれもやる」


 震えながらイベルが横に立った。危ないから、本当は来てほしくないんだけど……。


「わかった。頼んだよ」


 二人で魔力を指先から放出した。







ーーーー≪ブランサイド≫







「やれ」


 半ば朦朧とした意識の中、兄上にそう命令される。


 さっきは殺されるかもしれないと怖くてあの奥にいた金髪の人に体当たりしてみたんだけど、あまりにもボクが強いのか、それともあの人が弱いのか。たった一回で死ぬ寸前まで追いやってしまった。


 怖い、怖いよ……


「何をしている」


 ………! 無理です……、兄上、ボクには………


「……どうなるかわかっているのか?」


 耳元でそう囁かれる。


 どうなるか。兄上に、逆らえば。


 そんなのは考える必要すらない。兄上の頭のなかでは常に駒がどう動くかということしか考えられていない。


 ボクが、ボクが使えない駒だと兄上に断定されてしまえば。


 即座に切り捨てられてしまう―――


「っ!」


 奥の人はダメだ、弱すぎて殺しちゃう。


 手前の黒くて目の赤い人を目掛けて足を振り上げる。


「サンダー・バインド」


 その瞬間、黒い人がなにか指先から放ったと思ったら体が痺れて一瞬動けなくなった。


 何となく知ってる、これは雷属性の捕縛魔法……!


 すぐに蹴りあげるのをキャンセルして魔法を撥ね退ける。


「私の魔法を簡単に解いてくれますね……」


 黒い人は悔しそうだ。そうこうしているうちに奥にいた弱い人の回りに氷の粒が漂っているのが見える。


 ……あれは、痛いやつだ。


 直感で避けなければと後退りすると、後ろから兄上の声がする。


「避けるのか?」


 ……! そうだ、ボクだけ避けても兄上に当たってしまう。このそれほど隠れる場所もない中庭であの攻撃を完全に防げる訳がない。


 かといって、兄上を担いで逃げるのも時間的に厳しい。


 半分無意識で兄上に覆い被さった直後に無数の礫が襲ってくる。


 ひと粒なら全く問題ない氷の粒が、数百数千と物凄い勢いでぶつかってきたら痛いに決まっている。


「クゥ………!」


 全方位から無防備なところにぶつけられて、霞んでいた視界が数秒暗転する。


 氷の猛攻が止んだ時には体にいくつもヒビが入っていた。


「なにをしている」

「っ」

「早くどけ。そしてやつらを皆殺しにしろ。それがお前への命令だ」


 そうだ、早く、早く殺さないと………ボクは、どこにも行く場所がない。


 殺されて、それでおしまいだ……!


 体は自然と一番奥の弱い人に向かっていた。だってこの人が一番弱いのに、危険な気がするから。


「ぁっ……!」


 急に目の前までボクが距離を詰めたことに全員が驚く。でも、もう遅い。


 次失敗すればボクはどうなるかわからない。だから今度は体当たりなんかじゃすまない。


「ぅぁああああっ⁉」

「ソウル!」


 肩に思いきり噛み付いた。これなら……


 この人も、死んでくれるよね……?







ーーーー≪ソウルサイド≫







 肩に鋭い牙が食い込む。


 急に体の力が入らなくなってしまった。


 痛みで息も出来なくなって、肩を押さえながらその場に座り込む。


「クゥ……」


 白い魔物が僕に食らい付いている間にエルヴィンさんの剣で刺されたらしい。あんなスピードがあるのに、僕という餌があっただけでかなりのダメージを与えられるんだから、やっぱりあの魔物はなにかを躊躇している。


「今、回復する‼」


 イベルが直ぐに薬と魔法で回復してくれているが、怪我が大きすぎてあまり効果がない。


「うっ、ぐ……ケホ、ゴホッ」


 息がうまく吸えないからか、咳き込んでしまう。


「動かないで! 傷が……!」


 白い魔物は、背中から剣を生やしたまま少しだけ僕らから距離を取る。


 ……まさか、またあの突進攻撃をするつもりじゃ……!


 今こられたら僕だけじゃなくイベルまで……!

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