二百十三日目 白の魔物
油断なく見つめてくる正義。
一瞬で状況を察したらしく、静かに両腰に挿してある剣を抜いた。
キリカが後ろ手で合図を送ってくる。
『ここはなんとかする。先に進め』
いつもブランさんが使うハンドサインをして鎖鎌を取り出す。リリスはイベルが受け取った。
「どうしたんです、勤勉」
「どうもしていません。私はもとより貴女達を信用しておりませんので」
確か、キリカがざっと説明してくれた正義のスキルの能力は『信じた道を突き進む』というなんとも大雑把なものだった。
でもその能力は七美徳の中では破格で、自分の心が揺らぎさえしなければどんな障害をも越えられる、という力があるらしい。
頑固であればあるほど身体能力、感覚が研ぎ澄まされ、信じているならば道を文字通り切り開くこともできる。
だから彼女に会ったときの最適解は『心を乱す』ことなんだそうだ。精神が凪いでいる時が、最強であるということらしい。
逆に言えば何らかの方法で激昂させれば戦闘能力は著しく低下する。
「貴女は不思議には思わなかったのですか? ここに来るまでの記憶を忘れ、違う自分として生きることを強制されるなんて」
「思いませんね。傲慢が全て。それでいいではないですか」
駄目だ。何を言っても無駄だ。彼女は想像以上に自分の気持ちに真っ直ぐなんだろう。
でもキリカが止めてくれている間は、僕らが進むことができる。
「行かせませんよ」
「いえ。押し通ります。マスターをお救いするには、もうこれしかないのですから」
キリカの能力である勤勉は『与えられた仕事を完璧以上にこなす』能力であるらしい。
つまり、ブランを守るということに関してはキリカは最強になれるということだった。
彼女の設定している仕事は【ブランを守り、助ける】ということに限定されている代わりに、格段の能力での強化が見込めるらしい。
ただ、それでも正義の方が強いらしく聞いた話では数分持たないんだそうだ。
その間にブランさんをなんとか見つけないと!
轟音を背で聞きながら必死にリリスを抱えて走った。
「っ、ここは」
滅茶苦茶に走り回ったら、中庭らしきところに出た。
かなり広く、庭というより広場と言った方が納得できる感じの場所。
流石にリリスを持って走り回るのはキツく、ライトとエルヴィンさんに見張りを任せて少し休ませてもらう。
数秒立ち止まっていると、何かの足音が聞こえた。
……馬の、蹄の音?
「遅かったな。少し待ちくたびれてしまった」
見たこともない白い生物に乗って現れたのは、キリカから聞いていた見た目と合致している男。
「傲慢、で合ってますか?」
「そうだ。はじめまして、かな。侵入者達」
傲慢が乗っている動物は、まるで全身を鎧で覆った馬みたいな感じだ。目でライトとエルヴィンさんに確認をとってみるが、二人もあれがなんなのかわからないのか小さく首を振る。
傲慢はその白い魔物から飛び降りて魔物の背を撫でる。
「これが気になるか? 最近発見された魔物で、とてつもない速さで走るんだそうだ。それより、引き返す気はないか? 今なら仲間の元同僚ということで手出しはしないが」
「それで背後から刺されたらたまったものではない。それに、ブランを取り戻さん限り帰る場所がない」
エルヴィンさんが刀身を長めに改造した剣を抜く。
あれなら、大型の魔物でもさしてリーチに悩まされることはない。
「そうか。なら、やってみるといい。……行け。全て食い殺せ」
白い魔物がゆったりとした足取りで前に出てくる。
ケルピーをはじめ、馬型の魔物は結構多い。僕らも戦いなれている。
『待って‼』
「な、なんですか⁉」
ピネに急に耳を引っ張られて動きが止まってしまう。
『あれ……魔物じゃない』
「魔物ではない? どういうことです」
『わかんないけど……なんか違う。精霊の目でも、よくわかんない』
でも、僕らがやることは結局かわらない。
最悪あれが元々人だったとしても、ブランさんを助けるためなら、立ちはだかるなら何とかしなければならない。僕達は殺さなきゃならない。
「来るぞっ!」
声をかけられた瞬間、体がバラバラになったかと思った。何をされたのかもわからないまま、地面に体が叩きつけられる。
「ぐ、ぁっ⁉」
「ソウル!」
込み上げてきたものを吐き出すと、明らかに血だった。魔法使いであるから自動回復力は高いけれど、体そのものはかなり脆い。
「嘘、だろ」
イベルが冷や汗をかきながら呟いた。
一瞬前まで僕がいた場所には、白い魔物が立っていた。
体当たりされただけ。ただそれだけなのにそれを受けた僕は瀕死に近い。
あんな化け物、ブランさんくらいでないと止められない‼




