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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
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二百十二日目 誰を信じるか

 僕らは、キリカの言葉に絶句した。


 ブランさんを拐っておいて、危険な場所に放り込んでおいて、今更「助けてください」って、あまりにも都合がよすぎる。


 ブランさんは、キリカに殺されかけた。


 あれだけの量の血を流して、痛くないはずがなかったのに。


 ブランさんは僕に「助けて」とは言わなかった。


 むしろ、ただわかっていたことを淡々と受け入れていたようにすら見えた。


「……キリカ。これだけは、聞かせて」


 声を出せずにいた僕らに代わってイベルがキリカに話しかけた。


「ブランを、殺したいの?」

「いいえ」

「ブランをどう思ってるの?」

「マスターは……かけがえのない、御主人様です。何にも代わることのできない、私の唯一の」


 イベルは数秒キリカを見つめて、小さく頷いた。


「……わかった、信じるよ」

「イベル様」

「ごめん、ライト。言いたいこともわかってるけど今回は信じてみようよ。おれが責任とる。もしキリカが裏切ってたら、おれが殺す。それでいいでしょ?」


 急にブランさんが言っていたことを思い出した。


『なぁ、イベルって不思議だよな』

『拾った経緯が経緯ですしね』

『それもそうなんだけど、あいつ、たまに物凄い勘が働いてるんだよ。本人気付いてないけど、未来が若干わかるのかもね』

『そんなことって有り得るんですか』

『可能性としてはなきにしもあらず、って感じかな。俺は危機感知に特化してるけど、イベルは自分にとって明るい未来を無意識に選択する天才かもな』


 そう言いつつ、カラカラと笑っていたけれど。


 イベルの力。それをブランさんがお墨付きしていたのなら。


「……わかりました。僕も今はキリカの言葉に従います。どちらにせよ、僕らはここで足止めを食らっていたら先には進めませんから」


 騙されているのかもしれない。むしろその可能性の方が高いかもしれない。


 だけど今は、今だけはブランさんの信じたイベルの選択する力を信じて動く。


 ライトやエルヴィンさんに確認をとると、渋々ながら頷いた。


 今はこうするしか、ない。








「この道は、本来は避難経路なんです」


 キリカに案内されて入ったのは真っ暗な地下道だった。


 じめっとしていて、妙に薄気味悪い。


 魔法で辺りを照らしているとはいえ、満足に見渡せるという訳ではないから奇襲には注意しないと。


 無言で歩いていると、キリカが呟くように聞いてきた。


「なぜ、信じてくださったのですか?」

「別に信じたわけではないです。けど、イベルがそこまでいうのなら、試しに話に乗ってみようと思っただけです」

「そうですか」


 ちなみにイベルに聞いてみたら「なんとなくそうした方が後悔がないかなって思った」という曖昧な答えが返ってきた。


 ブランさんと似た受け答えだと話すと、ちょっと嫌そうな顔をした。


 イベルってなんでここまでブランさんをあんまりよく思ってない風に接するんだろう?


「イベルは、ブランさんをどう思っているの?」

「どうって……拾ってくれたことは、感謝してる。ちょっと厳しいけど優しいし、いい人だと思う。けど……」

「けど?」

「あんまり、甘えない方がいいかなって……。これでも中身は大人だし、なんとかやっていけるから。それに大事になればなるほどお別れって辛いから」


 ……そういう、ことだったんだ。


 ブランさんはいつも忙しい。


 仕事であっちこっちに出向いては、傭兵の仕事も、場合によっては医者の仕事もする。


 だからこそ限界まで動いて倒れてしまう。本人無意識にそれをやっているからたちが悪い。


 イベルはそれを知っているから、自分から突き放してブランさんに手間をかけないよう気を配ってたんだ。


「ブランさん、せっかく息子できたのに全然甘えてくれないって嘆いてたからもっと遊んでやってよ。あの人、家庭環境ちょっと複雑だったからあんまり子供っぽいことやったことないんだ」


 あの何もない部屋の写真をみれば誰だってわかる。ブランさんは物を置かないって訳じゃなく、物が必要にならないから置かないってだけなんだ。


 確かにちょっとケチなところはあるけど、友達と遊んだりすることには別に気にせずお金を使う人だ。


 あの殺風景な部屋は、遊ぶものも必要なかったから殺風景なだけだ。


 その証拠に、今のブランさんの部屋は物で溢れている。


「助けたら、遊んであげるよ」

「そうしてやって」


 イベルの意外な本音を聞けたところで、そろそろ目的地についたみたいだ。


 キリカがそっと壁を押すとぐるっと反転してどこかの部屋に繋がっているのが見えた。


 出てみると、大きな鏡の裏側が出入り口になっていたらしい。隠し扉がある部屋は大きなベッドを含めた最低限の調度品がポツポツとおかれている。


「リリス!」


 暖炉の上に、白いトンファーが並べられていた。ブランさんの武器、リリスだ。


 すごい今更だけど何でこんな名前なんだろう?


「これを回収して、向かいましょう。マスターはこの先に……」


 僕とキリカで一本ずつリリスを持ち上げる。重たすぎて前衛のライトや武器を使うエルヴィンさんには持たせれば不利になってしまうからだ。


 キリカが振り返った瞬間、カチャ、と扉が開く。


 僕らが通ってきた隠し扉ではなく、この部屋の本来の扉が。


「なにをしているの、勤勉」

「……正義……!」


 来る途中でキリカから伝えられていた『危険人物』の一人、正義だった。


 話では条件さえ揃えばブランさんと互角にやりあえるらしい。そんな相手に、早くも遭遇してしまった。

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