二百八日目 記憶の行方
なんか今回も短いですごめんなさい……。
魔法が発動し、時間軸がもとに戻る。
それを認識した瞬間に俺は吹っ飛ばされていた。
「いっ……タイミング、悪い……!」
顔面が痛い。どうやら蹴っ飛ばされた瞬間に戻ってきてしまったらしい。
時間を巻き戻すとこういう弊害がでるからあんまり使いたくないんだよ……。
口の中の血を飲み込むと頭に手を置かれた。こいつは傲慢か。
「言い残すことは?」
傲慢。そのスキルは、人を中身から変えてしまう。大罪と美徳スキルのなかでも破格の威力だ。
純粋に戦いに特化している暴食よりも場合によってはかなりたちが悪い。
このスキルは、どうやったって防げない。それは大罪スキルを持ってる俺自身がよく知っている。……あらかじめ決めておいた台詞を言う。
「お前らきっと後悔するぞ」
俺は数日間も日本で準備した。その準備をしたことを知っているのはキリカだけだ。
キリカなら信頼できる。信頼している。
「そうか。つまらない」
目の前が白く染まっていく。視界の端に映るキリカに、笑いかけるくらいの時間はあっただろうか。
ーーーーーー≪キリカサイド≫
「えっ……?」
魔法が発動したと思ったら、あの時と同じ時間、同じ場所に飛んでいました。
ここに居たら、ご自身がどうなるか解らないはずがない。
マスターの技術力は群を抜いています。
国の魔法研究チームに混ざって新魔法開発など容易くこなしてみせるマスターの魔法は、私が見ただけではどんな効果があるかなんてわかりません。
だからまさか逃げ出した場所、時間にそのまま戻ってくるなんて、考えもしなかったのです。
傲慢や強欲達からマスターを逃がすことは、不可能。
「っ!」
マスターが、こちらに向かって軽く口角をつり上げてそのままゆっくりと倒れていく。
傲慢の記憶消去が行われたということをすぐに察しました。
「勤勉。こいつを部屋に」
「………はい」
マスター。何故なのですか?
どうして、今このときに戻ってきてしまったのですか。
逃げようとしてくださらないのですか……?
この世界から離れて過ごした数日は、なんだったのですか。
ベッドの上で静かに寝息を立てているマスターは、正直謎だらけで。私には到底この方の考えていることがわかりません。
この世界に帰ってきた。それはわかるのですが、なぜ記憶を消される直前のタイミングにわざわざ戻ってきたのでしょうか。
帰るとマスターが仰ったとき、もしかすれば逃げる算段をつけているのではと希望的観測をしたものですが。
……まさかノープランで死ぬ直前に帰ってきたというわけではないでしょうし。
マスターの性格上、ノープランでもおかしくはないのですが。
先程話を聞いたところによると、マスターが抵抗したという事実すらなくなっているらしく、直ぐに記憶消去を受け入れているということになっているそうです。
マスターが大人しくやられるなんておかしいと思うのですが、過去を変えられると未来がおかしな形で辻褄あわせを行うと以前マスターも話してらっしゃったので、そういうことなのかとは思いますが。
「ん、ぅう……」
マスターが小さく唸ってゆっくりと目を開けました。
「マスター」
「……だれ、ですか……?」
……やはり。傲慢の能力には、マスターも抗えなかったのですか。
「あなたの相棒。勤勉の……キリカです」
「きりか、さん……?」
「はい。キリカです。あなたはご自分が何者か、覚えていらっしゃいますか?」
「……え?」
数秒瞬きを繰り返した後、頭を振って目を泳がせるマスター。その表情は、どうみたって困惑のそれです。
「なに、もの? ……どういう、こと、ですか」
「お名前は?」
「なまえ……」
口を何度も開けたり閉じたりしながらなにかを話そうとしますが、言葉にならないご様子です。
「しら、ない。……わからない」
……ご自分の立場も、名前も。思い出せないのでしょう。
……あのときの私と同じですね。
あなたはブラン様です。そう言いたい。そう言いたいのに。
まだこの方には、名乗るべき名が与えられない。
記憶を消去した後は、本来の名を捨てさせる。
そして、全く違う誰かとして望んでもいないことを強要され、組織の道具として使われる。
そのため、この組織の人は自分の本名を誰も知らない。傲慢だけが昔の私を知っている。
どんな立場で、どんな性格で、どんな名前だったのか。何一つ私達は自分の事を知りません。
だからこの組織はリーダーである傲慢に逆らえないのです。
補足しますと七騎士から逃げて日本に飛ぶ直前に時間が巻き戻っています。
主人公とキリカだけが数日間を一瞬で過ごしたということになるので他の誰も主人公が異界に一瞬でも転移したことは知りません。




