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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
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二百七日目 存在を消す魔法

 短めです。

 コタロウを撫でながら目の前の男の足を軽く踏む。流石にキリカみたいにいきなり急所を狙ったりはしない。今のところは。


「いい加減教えろよ……こたをどうやって召喚した?」

「「………」」


 黙る二人。そろそろ俺も股間踏みつけたろうか………


 いや、もっと精神的にくる方法でいくか。


「……俺さ、ちょっと前に死にかけたり変なもん体にくっ付けられたりしたんだけどさ。それで気付いたわけ。自分が殴られたりする恐怖よりも自分が自分でなくなる瞬間って、それはもう恐ろしいのさ」


 吸血鬼になった時の体の震えは未だにハッキリと覚えている。


 なったらなったでこれは便利だと思うことも無いわけじゃないけど、自分の体じゃないって実感したときの恐怖は半端なものじゃない。


 痛め付けられるだけなら、自分はどうなってもいいと思えるからまだ耐えられる。家族を守る為なら、俺はなんだってする。


 だが、俺という存在が全くの別物になってしまったら、俺は胸を張って「俺は俺だ」とはいえない。ブランという人の記憶を持っている全くの他人である可能性だってある。


 一番怖いのは、俺のことを誰も気づいてくれないかもしれないと考えることだった。


 周りから認識されないのは、とんでもなく恐ろしい。


「だから、あんた達の存在をジワジワ消してこうと思うんだけど……いいよね?」


 俺が触れたところから少しずつ二人の男の体が透け始める。


 足先から、ゆっくりと薄くなって消えていく。


「な、んだこれ……」

「やっ、やめろ! やめてくれ!」


 自分が透けはじめてようやく俺の危険性に気づいたらしいが、もう遅い。


「お前らの体は、ただ透けていっているわけじゃない。さっき俺は言ったよな? 存在をジワジワ消していくって。今、お前らの友人や家族はお前らのことを忘れ始めている。完全にお前らの体が透明になったとき、この世に最初からいなかったということになる。誰の記憶にも記録にも残らず、過去と未来からお前らは永遠に消える」


 耳元でそう囁く。二人は見てわかるほどにガタガタと震えだした。


「ああ、安心しろ。居なかったことにはなるが、お前らはこの場に残り続ける。誰にも気付かれることもなく、誰にも触れられない幽霊になるのさ。勿論、恋人も、家族も、友人も、お前らがここに留まっていることを知らないし、お前らのことを覚えてすらいない。永遠の生き地獄ってのを味わってくれ」


 気付かれない痛みを、知ればいい。


 わざとらしく嗤ってやると、心労からか二人揃って失禁して気絶した。


「おっと……メンタル弱いな」

『……今のは誰だって気絶すると思うぞ』

「マスター、かなり容赦ないですね。当然の報いかとは思いますが」

「ツキ。流石にそれは可哀想よ……。やめてあげて」


 どうやら存在を消すという拷問は不評らしい。


 確かに悪趣味だと自分でも思う。


「やめるもなにも、存在消す魔法なんて無いよ?」

「え?」

「そんなことできるのはそれこそ神様くらいだって。俺がかけたのはただの幻惑。元々は偵察用の魔法なんだけど、ハッタリをうまいこと使えばいい脅しになるからな」


 存在を過去、現在、未来に渡って消す魔法なんてあるわけがない。怖いよそんなのあったら。


 あったとしても確実に禁術指定ものだし、そんな大魔法発動することすらかなり難しいだろうし。


「ま、俺の八つ当たりだな。今回のこれは」

『……物凄い度胸だ』

「今更それ言うか。ハッタリってのは使いどころを見極めればこうして武器にも盾にもなるし、結構便利なんだぞ」


 この二人はたいした情報を持っていない。それは長年の勘で何となくわかっていた。情報屋として働いているときになんとなくそういう勘は身に付いていたみたいだ。


「さてと。邪魔もいなくなったし、さっさと帰ることにするよ。これ以上ここにいても、友里さん達に迷惑かけるだけだしな」

「もう大分迷惑かけられたけどね」

「そいつはすまん」


 友里さんに軽く頭を下げて、こたと銀雪を送還する。


 こいつらは巻き込めない。


 ……もし、事が済んだときも俺が生きてたらもう一回呼び出すことにする。


「じゃあね、友里さん。元気で」

「色々と引っ掻き回していって、薄情にも放置してくの?」

「あはは」


 返す言葉もございません。


 転移魔法の発動の直前、俺は別の魔法も発動した。


 この世界そのものを誤魔化す魔法。


 俺とキリカの存在を限りなく希薄にする魔法。


 今の俺の実力じゃ存在は消せないけど、ギリギリまで隠すことはできる。


 これでこの世界は、俺とキリカという異物をちょっとずつ忘れていくだろう。完璧に元通りとまではいかないが、少なくとも鬼がいたという記録は消えるはずだ。


 友里さんも、広大さんも、俺たちの事なんて忘れて今まで通りの生活に戻る。


「お人好しですね、本当に……」

「それが俺だからな」


 キリカのここまで呆れている声を聞くのは、いったい何時ぶりだろうか。少なくとも、ここ数ヵ月はなかった気がする。


 それだけ俺は、馬鹿なお人好しなんだろうな。

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