二百六日目 キレる二人
こたを撫で回しているとこたを連れてきた二人が困惑した面持ちで顔を見合わせている。
俺はその人たちに目を向けた。すると睨まれたと思って焦ったのか、こたに怒鳴る。
「何をしているんだケルベロス! さっさとそいつを噛み殺せ!」
こたがその言葉にビクッと反応して、甘噛みを本気に切り換えた。
「いっつ……」
食い付かれた肩がバキッと嫌な音をたてる。血の匂いが漂ってきた。
「マスター‼」
「来るなキリカ! ……この子は、したくてやってる訳じゃない」
こたの頭を軽く撫でる。牙が深く突き刺さっている肩の痛みは今は放っておく。
この子を落ち着かせないと。
「こた。俺は大丈夫だよ。……そんな怖い顔するな。もったいない。メグあたりが構ってくれなくなっちゃうぞ」
こたの目が一瞬明後日の方をみる。
その目の向いた方をみると微かにだが、術式の気配がした。
「っ、キリカ! 三つ首のつけ根に魔術反射‼」
「畏まりました!」
こたがキリカの動きに反応するが、俺が頭を押さえているので噛みつくことはできない。
キリカが紙をこたの首に押し付けると、ガラスが割れるのに近い音が辺りに響き渡った。
次の瞬間にはこたは俺の肩から口を離していた。
「クーン」
「こんなことで怒ったりしないよ。俺がお前に怒ったことなんて、お前が俺ん家破壊したときくらいだろ?」
こたは優しく自分が噛みついたところをなめる。
正直に言えば、それむしろ結構傷広げてるから痛いんだけどこたが頑張っているので黙っておくことにする。
「マスター。召喚者、縛り上げておきました」
「お、おう。ありがとう……」
相変わらず迅速な動きだ。
引き摺られる二人を横目にコタロウを撫でていると、遠くからみていただけの友里さんと銀雪が近付いてきた。
「えっと、もう大丈夫なんだよね? ……っていうかなにがどうなったの、今」
「ああ、悪い。友里さんにはわからないよな」
キリカも確りとは判っていなさそうだし、召喚魔法の説明からするか。
「召喚魔法にはいくつか種類がある。獣を呼び出すもの、悪魔を呼び出すもの、天使を呼ぶもの。色々あるが全部引っくるめて召喚魔法だ」
「精霊とは違うのですか?」
「精霊の場合だと精霊自身が独立して戦う事は少ないから召喚魔法とは別物とされている」
召喚魔法は何処かから魔物や悪魔を呼んで、対価を支払って働いてもらうものだが、精霊契約の場合自分で交渉しついてきてもらう必要がある。
ピネもそうだが、基本的には術者の魔力なんかを流用して魔法を使う事が多い。完全なサポートタイプと思ってくれればいいだろう。
細かいことは精霊自身が判断して制御してくれたりするが、感覚としては自分+αって感じかな。召喚だと自分+悪魔って感じだけど。
精霊の場合出来ることが少し減ってしまうが、その代わりコスパも良いし自分勝手に行動することが少ないから扱いやすい。という利点がある。
「それで、召喚魔法の中でも魔物を召喚するやり方は更に2種類に分けられる」
これは前も説明したな。自分で交渉し契約してもらうパターンとランダムで呼び出して契約するパターンの二種類だ。
契約の対価は個々によって変わる。ライレンみたいにほとんど対価を求めないものもいれば、イケメンの情報を提供するという変わり種まで。
召喚された側の好みで決めていい。というルールだ。
「だが、これには落し穴があってな。対価というのは必ずしも一方通行で支払われるものではないんだ。召喚主が召喚された魔物に対価を求めることもできる」
「どうやったらそんなことが? 不利な条件であれば誰だって断るでしょう?」
そう、その通り。
召喚主の勝手で召喚されなければならないのに対価を支払わなければならないとか、嫌すぎる。
「でも、召喚された側がそれを承認してしまったらそれで契約は成ってしまう。例えば『完全な従属を誓え』とかでも魔物が了解したらそれが対価のひとつとして登録されてしまう」
俺からすればただの詐欺だ。
こたは何らかの弱味を握られ、召喚に応えざるを得なかったんだろう。
さっきのコタロウは完全に俺を殺しに来ていた。こたが俺を喰おうとするはずはない。
術式を壊してからこたの様子が戻ったのをみると、やっぱり操られていたらしいな。
「……酷い。いやがってるのに、やらせるなんて」
「世の中にはそういう屑も居るんだよ。魔物だからって、仲間とも思わない最低野郎が」
こたもそろそろ落ち込むのも落ち着いてきたみたいだし、言い訳でも聞いてみようか。
「さてと、キリカ。そいつら起こして」
「どうやって起こしましょう」
「ん? なんでもいいよ」
正直起きさえすればなんでも。
「では起こします」
キリカは平然と男の股間を踏みつけた。
………え?
「「ギャァアアアア⁉」」
「「『⁉』」」
銀雪までもがキリカの行動に驚愕する。
いやなにやってんの⁉ 確かに起きたけど‼
「起きましたよ」
「ああ、うん………」
こ、怖いこの子。
いや俺踏まれるもんないけど、急所躊躇なく踏みに行くとかおっそろしい事俺でも流石にしない。
どうやら、怒っているらしい。俺とこたを戦わせたことになのか、ただ単純に俺が肩を噛み砕かれた事への復讐なのか。
どっちでもいいが、真顔でやってる辺り本気らしい。
「キュゥウン………」
こたが俺の背にそっと隠れていく。本能的にキリカには勝てないと悟ったらしい。ちなみに言えば銀雪も友里さんの後ろに隠れていた。
お前すり抜け出来るからもしこの状況になっても平気だろ。
……まぁでも。
「こたを無理矢理従わせたって点で俺も結構イライラしとるんよね……」
股間が潰れたところで、使役されたこたの苦しみには遠く及ばないだろう。
「なぁ、こたの元召喚者さん? 他人の弱味握って従わせるんって楽しいん……? 俺も似たようなことやってええか……?」
頬がひきつるのを感じながら一歩前に出る。
後ろから銀雪の声が聞こえた。
『……なんなんだこの二人、恐ろしすぎるぞ……』
だまらっしゃい。




