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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 三冊目
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二百三日目 託すのも託されるのも

 用意してもらった部屋に入り、汗もかいたので風呂を借りる。


 キリカは律儀に髪をタオルで拭いてくれる。


「……今晩、帰るぞ」

「………」


 無言で、タオルを動かしていたかと思うと、


「……やはり、行ってしまうのですか……」

「うん。もう用事は済んだ。これ以上長居すると、こっちにもあっちにもどんな影響が出るかわからないし、出るなら早い方がいい」


 キリカは元々、俺達の仲間ではなかった。


 特殊なスキルである大罪、美徳系スキルを得たのが突如どこからともなく現れた吸血鬼ともなれば、そりゃ警戒するだろう。誰だって。


 俺よりも前にキリカは美徳スキルである【勤勉】を獲得していて、俺のところに来たのは偶然でもなんでもなく最初からスパイだったというだけだ。


 俺を手懐ける、或いは殺す為に。


 キリカに聞いたところによると大罪も美徳も各々世界で1つしか存在せず、スキルの所持者が死ぬまで次の所持者は現れない。


 だからスキルの所持者と認められない者が持ってしまった場合速やかに処分、ということになるのだそうだ。


 幸か不幸か、俺は結構強かった。


 キリカも俺を連れ出すことはできなかったし、他のメンバーが来ても、全員が最終的には返り討ちにあったり俺に逃げられたりしたから殺すのは普通に無理だと思ったらしい。


 だが、俺は……いや、俺とソウルはチョロかった。平和ボケしていたとも言える。


 スパイであることをたとえ知っていたとしても、俺達はキリカを切り捨てることはしない。そういう人柄だとバレてしまった。


 キリカが急に裏切るという形で動いたのは、他の面々がそろそろ痺れを切らしたからだった。あのまま下手に抵抗していたりしたら面倒くさがられて殺される可能性だってあった。


 俺も何となくわかっていたから、それほど抵抗しなかった。これ以上したところで呪いでその内死ぬだろうなぁ、って思っていたというのもあるけど。


 でもここで、当初には全く予定のなかった出来事がおこってしまった。計画を根底からひっくり返せるほどの出来事が。


 キリカが、俺達に尽くしてしまった事だ。


 つまり、スパイをしている内に本気で俺に仕えるようになってしまっていた。メイドとして働くのが楽しくなってしまったんだそうだ。


 まぁ、スパイよりは楽しいの、かな……?


 何だかんだで他のメンバーを裏切って今俺の元に付いていてくれている。


 二重スパイ状態になってるわけだ。無意識に。


 キリカ本人、最初は全然気づかなかったらしい。ただ、なんとなく仕事していたら俺にとって都合のいい報告ばかりをするようになっていた。とかなんとか。


 ……刷り込み? というのか、これは?


 ついでに言えば、キリカが外部と繋がっていると俺が気づいたのは結構早かった。多分一年以上前だったと思う。


 資料データが変なところ遅れてたり抜けてたりしてたから「なんでここだけ?」と調べてみたらそんな事実が出てきた。


 どっかの誰かは外部と接触があるだろうなと思ってはいたが、キリカだとわかった時はそこそこショックだった。情報系の仕事に関してはソウルとほぼ同等の閲覧権限持たせてたし。


 詳しく探ってそんなに重要な情報を流しているわけでもなさそうだったから放置していたんだけど。


「……畏まりました」

「ありがと。それじゃ俺帰る準備するからキリカもやり残したことでもあればやっておけ。暫くは多分それどころじゃなくなるからな」

「……はい」


 ……悪いな、キリカ。お前は一番辛い役回りに回ってもらうことになってしまうだろう。なんだかんだいって根が優しすぎる。


 悪いのは全部俺だ。俺に罪を着せて逃げることを良しとする薄情な性格だったら、キリカはもっと楽に生きることができるんだろうけどね。


 キリカもあいつらも優しすぎるんだよ。ずっと、ずっと。


 何をやりに行ったのかはわからないが、キリカは部屋から出ていった。


「ぁあ……嫌になる……。俺、最低だな、ほんとに……」


 これから死ぬことが怖くて仕方ない。今更すぎる。ずっと決めていたことじゃないか。


 なにをそんなに怖がる。やることは全部終わらせた。後は託すことしかできない。


 でも。それでも……。


「託すのも、託されるのもゴメンだった筈なのになぁ……」


 戦場で、どうしても助けられなかった人もいる。回復が間に合わないと魔法は効かなくなってしまう。


 そんな状態の人の最期の言葉を聞くことは、一度や二度じゃない。


 その内の大半が、痛みに呻く言葉か、家族に対する願いだった。


 「息子に会いたい」と言われても、俺にはどうしようもない。身体の苦しみは癒せても死に際の人の願いも叶えられない。


 叶えられないのなら、託してほしくない。託さないでくれ。俺はあんたじゃない。あんたの願いを聞いてもなにもできない。


 死体をもって帰っても、生き返りはしない。元々人だったものを見て喜ぶやつは頭のネジが吹っ飛んでいる。


 皆、はじめは呼吸も止めて呆然とそれをみつめる。そこから先の反応は千差万別で、ただひたすら泣く人もいるし、不思議そうに見ているだけの人も稀にいる。


『どうして兄を助けてくれなかった』


 ……やめてくれ。


『あなたの強さなら、主人を……!』


 ……やめろ。期待なんかするな。


『お父さん、なんで寝てるの?』


 ……もう、見たくない……。


『お前が、お前が指揮官になったせいで、親友が!』


 ……なんで、なんで俺が。


 俺が強いから? 偶々俺の指揮下にいたから? ……俺が弱いから。皆、俺を憎む。恨む。


 責任がとれるか、人の一生なんて。とれるわけがない。


 だから急に奪われると八つ当たりをしたくなるんだろう。それも理解できる。


 理解はできるけど、その罵倒に耐えられるかどうかは別だ。


 俺は強くない。称賛や喝采をいくら向けられようと、少しの悪意に少しずつやられていく。


 ……俺は、強くないんだよ。予想以上にボロボロだ。

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