二日目 誰も信じない
「おはよー」
そう声をかけると何人かが挨拶を返してくる。いつもの、光景。
「ねぇねぇ、昨日の『ひとまち』見た?」
「いや、昨日はテレビ見てないかな」
「そっか」
ひとまち、とは今流行っている(らしい)恋愛ドラマ『一人で町に行くことはできない』っていうやつのこと。
どんなタイトルだよって最初は思ったけど、俺はちょうどその時ゲームしてたから知らん。俺のギルドのinの時間が大体それぐらいだしな。
「夢野 椎名が本当に可愛いんだよ」
「へぇ」
「相変わらず興味ないねー」
「うーん、あんまりないかな」
あんまり、っていうか全力で興味ない。
別に恋愛ドラマは見るけど、出てる女優が嫌い。そんだけ。
「あ、お菓子食べる?」
「頂戴」
チョコレートのかかった棒状のお菓子をポリポリと食べる。これ旨いよな。俺甘党だから特に。
「今度スイーツバイキング行くけど来る?」
「行くー‼」
スイーツバイキング! あれ昔行ったことあるんだけどまさに天国!
普通の人ならくどいっていうかもしれないけど俺は甘いものなら大歓迎だからな!
砂糖とかいいよね。上白糖。え? どうやって食べるのかって?
こう……スプーンでシャリっと。
「オッケー。じゃあ6日ね」
「あ………ごめん、その日予定あるわ」
「そうだったの? いいよいいよ」
来月の6日はワールドマッチの日だ。俺はチャンピオンとして行かなきゃならない。
「また今度誘って。めっちゃ行きたい」
「わかった。また今度行こうね」
携帯がフルフルと揺れたので少し確認してみると、着信だった。けど、名前を見て出るのをやめた。
「いいの?」
「いいのいいの。面倒くさいし。そんなことよりお菓子ない?」
「え? さっきまでここに………あれ?」
「あ、ごめん食べきっちゃった」
「うちのおやつが!」
「ごめん」
だって美味しいんだもん。
「髪の毛抜いてやる!」
「いってぇ⁉」
俺の地味に長い毛がぷつんと抜ける。
「酷い」
「お菓子全部食べた方が悪いんです」
「ごめんちゃい」
俺は、この高校に通う、健全な女子高校生だ。
世間では華のJkだとかなんだとか言われてるが、俺は残念ながらその華ではない。
精々そこら辺の石ころちょっと磨いた程度の輝きしかないんだよ。
まず最初に一人称が俺な時点でアウト。まぁ、まわりにはうちって言ってるし俺っていうのはゲームの中と内心だけ。
………たまに言っちゃうけど。
俺の趣味は読書、ゲーム。好きなことは娯楽全般。
スポーツもそれなりには出来るぜ。ポーカーとかのカードゲームも出来るし、将棋とか絵を描くこととかも。世間一般に娯楽って認識されているものは大抵好きだ。
嫌いなものは勉強と父親。
勉強は一応クラス内では二位をとり続けている。うちの学校そこまで頭いいところじゃないから出来るだけなんだけどね。
「じゃあまた明日ねー」
「また明日ー」
手をふって自転車をこぐ。そろそろこの自転車もタイヤが歪んできている気がするのは俺の気のせいだろうか。
俺の家までは橋を二つ越えなきゃならない。その坂は毎回下りて歩く。
そしてある程度のところまで行ってから家の方を見る。
「今日はスタンバってないな」
よし。このまま行こう。
自転車で坂を下り、家の前に到着。外から直接庭に入って植木鉢に隠してある双眼鏡で窓から玄関を覗く。
「うっわ、居るよ」
昨日は家の外にいたけど今日は玄関にいる。
誰がだって? 父さんだよ。
俺があのときから一度も会話をしていないのをあの人は怒っているからな。俺みたいにどれだけ頑張っても二番止まりの不良品などあの人は許さない。
それも含めて叱られるのは目に見えている。
でも、俺もちゃんと用意して来てるんだよね。
植木鉢に双眼鏡を隠し直し、二メートルほどの高さのブロック塀によじ登る。そのまま車庫の上を通って俺の部屋にあるバルコニーにつけてあるロープを手にとって全体重をかけながら壁を歩くようにのぼる。
これ中々体力がいるんだよね。若くて良かった。
「よっと」
普段からそれなりには鍛えてるから片手一本で体を支えるくらいは出来るんだ。
そのままバルコニーで靴を脱いで部屋にはいる。俺が自分の部屋に泥棒に入っている気分だな。よし、朝に家を出たときのまんまだ。
「………誰も侵入してないな」
窓すらもカードキーでロックしてあるからここに入るにはどこか壊さないと入れないはずだけど。
誰も入れないようにと策を凝らした結果そんなことになっていた。勿論全部自腹だし取り付けたのも俺。
資金はワールドマッチの賞金だし、取り付けのお陰で大分こういうものに詳しくなってしまった。
それほどまでに何を守っているのかって? ゲームだよ。
説明すると、今から5、6年前に友達の家でやったテレビゲームってものに俺は魅了されたんだ。
世の中にはこんなに面白いものがあるんだって初めて知れた。
それまでほとんど使ったことの無いなけなしの小遣いを全額使って俺はゲーム機を買ったんだ。とはいえ小学生の小遣いなんてたかが知れてる。
俺が買えたのは小さな中古のゲーム機で当時としては珍しいMMOが楽しめるタイプの割りとハイテクなやつだった。
それでも買えたのはそのゲーム機一個でカセットが一つしかないからっていう理由だったんだけど、そもそもそれを買う時点で金がなくなった俺としては全く問題はなかった。
操作が難しくて、でもそこが面白くて。俺はそれを何度も何度もプレイしてそこら辺のやつなら目をつむっても勝てる程度にまでなれた。
そんなことをしている内に運営の方から俺に手紙が来たんだ。
それは、そのゲームの世界大会への切符だった。そのゲームはあまり人気はなかったけど俺みたいにやりこむプレイヤーが多くて、世界大会が開催できるまでに有名なものだったんだ。
前にゲーム内でのリーグ戦みたいなのがあったんだけどあれで優勝したのが決め手だったらしい。
勿論俺は喜んだよ。他人には寄り付かせないほどの特技が出来たって、一人で舞い上がってた。
あんまり言いたくはないんだけど、俺の姉ちゃんは女優で妹は全国模試で順位一桁を連発するほど頭がいい。
物凄い年のはなれた兄がいるらしいけど養子らしいしあったこともないから知らん。
母は父さんの秘書、父さんはとある会社の社長だ。創業者でもあるけど。俺には関係ない話だけどね。
姉と妹は物心ついたときから有名だった。俺は、俺だけは普通だった。それをずっと悩み続けていた。
「お父さん! これ、見て!」
そう言ってしまったのが運のつきだった。いや、最初から運なんて俺には欠片もなかったのかもしれない。
「お前、世界大会って………ゲームだと?」
「うん!」
「どのゲームだ」
俺は馬鹿だった。父親を部屋にあげてしまった。
「これだよ! 凄いで―――」
「こんなものより勉強しなさい」
そう言って、ゲーム機を床に落として踏んだ。俺は、何が起こったのかわからなくてただただそれを見ていた。
「ゲームだなんて嘆かわしい。子供の遊びに付き合ってられるか。勉強しなさい。勉強を。妹に先を越されて悔しくはないのか」
「………」
「こんなものは忘れろ」
外側のカバーがボロボロになるまで使い続けたそのゲーム機は一瞬で使い物にならなくなり、世界大会になど、行けるはずもなかった。
俺はそれから二度と人にゲームをしていることを明かさなくなった。ゲーム機を買うお金はすぐに貯まった。修学旅行があったからな。一銭も使ってないけど。
その時に出たのがVRゲーム。それの超小型版だった。以前までのゴツいヘルメットではなく、まるでヘッドホンのようなスタイリッシュなタイプのものだった。
それをパソコンにはめて使うらしい。
値段は少し高かったが持っていた本や服を売り払ったらギリギリ足りた。今度は絶対にバレないようにしないと、と夜はそれを抱いて眠り、昼間はこっそり学校に持っていって保管していた。
そしてワールドマッチから声がかかったのだ。
「………もう、俺は誰も信じねぇ」
VRゲームを起動し、目を瞑る。
そしてまたあの部屋で目を覚ますのだ。




