百九十七日目 帰りたい……
さてと。やるって決めた以上、完璧にこなさないとな。
「友里さん、家に帰ってくれ。正直俺は自分のことで手一杯になるだろうし守りきれないかもしれないからな」
「別にそこまでしてもらわなくても」
「なんども連れ去られかけたり殺されかけたり死にかけたりしてるの忘れたか?」
俺も人のこと言えないけど。
何回も死にかけてるからな。
「少なくとも、今俺たちが日本にいる間はそうはさせないつもりだ。キリカの近くへいってくれ。彼女なら何とかしてくれるだろう」
俺の仕事は速度を落とすだけだが、それだって相当なリスクが生じる。ほぼノーギャラだから受けたくはなかったんだけどね。
乗り掛かった船だ。船底に穴が空いても沈まない補助くらいはしてやれる。
「ツキは、なんとかできるの?」
「さぁ?」
「そんな他人事みたいに」
「なにが起こるかはその時にしかわからないよ。未来なんてものは簡単に変わるし、予期せぬ事態ってやつは防げない」
すべてが上手くいったところで、打ち落とすのは俺ではなくここの、日本人達だ。計算すればするほど数値が変わってきそうなほど不安定なのは間違いない。
秒速何キロとかそんなレベルの物体に魔法をかけるのは容易い。雷ですら視認で避けることができる。
だが、なにかを実行するのは俺じゃない。ただの補助で精一杯だ。
「不確定要素が多すぎてなんともな。ま、やってみるさ」
俺の仕事はただ落ちてくる人工衛星の速度を落とすだけだ。それくらいなら、体力もあまり消耗しないだろう。
……かなりギリギリの量だけどね。13リットル。
本当は倍くらい欲しいところだけど。
そもそも何故人工衛星が落ちてくるという話になるのか。
一応ざっと聞いたが、詳しいことは機密情報だからと教えてもらえなかった。
簡単に言うと、以前日本だけでなく世界中で人工衛星を打ち上げるブーム(?)みたいなのがあったらしい。
民間企業でも打ち上げさえできればなんか色々と稼げるとかで。その辺はわりと詳しく話してもらえたが理解できなかった。妙に専門的だったし、高度何千だか何万だかで受けられる日光の量とか知らんし。
で、それで今や宇宙空間には大量の人工衛星が漂っているそうだ。俺の生きていた日本よりも科学が進んでいるからか、コストも高額じゃなさそうだし、気軽に打ち上げできるらしい。
技術の進歩って凄いね。全然わかんないけど。
今回の場合はそれがちょっと問題になったらしい。
人工衛星だから打ち上げたら回収するんだけど、どうやらその機能が誤作動を起こしたらしい。
とある会社の商品の人工衛星が、今日本上空に五機あってそれが落下中らしい。俺達が巻き込まれたので一機目だから残り四機。
なんてこったって感じだよな。普通に最悪。
面倒なことに、なんとかしようと墜落中の機械に通信を送ったら更に誤作動を起こしある一点……さっき俺達がバスで走ってた橋に向かって落下し始めたらしい。
せめて海に落ちてくれれば被害少ないのに。
一機目は橋にぶつかって大破したけど、二機目からは橋の更に向こうの市街地に突っ込む可能性が高い。
一応避難は始めているらしいけど、町が結構でかい上にお年寄りとかも多いから確実に間に合わない。だから俺の出番って訳だ。
友里さんにはゴーレム数匹つけて帰らせた。一応警察に送っていってもらっている。今のところ大丈夫そうだ。
「ふぅ……まずは風向きと重力の計算からかなぁ……面倒くさい」
どれくらいの時間停止を何秒かけ、どれくらい高度を下げるか。魔力だけで動かすのには無理があるから自然現象を使わなければならない。
走っていて急に止まれないのと同じで、徐々にスピードを落としつつ目標地点で時間停止かけなきゃいけないから中々難しい。
「できそうです?」
「できませんって言ったらどうします?」
「どうもできませんね。今頼ることができるのはあなたしかいませんし」
陣内さんは俺の担当になったらしい。というか、他の人は怖がって近付いて来ない。
「ミサイル、どうです?」
「なんとか許可が降りました。それで、本当に止めることが?」
「多分、少しなら。ただ、それ以上は知りませんよ。打ち落とすのはそっちですし」
数秒時間を止めるのは可能だが、やっぱり結構負担が大きい。正直に言っていいなら今すぐやめて帰りたい。
とんとん、とヒビのはいった橋を爪先でつついてから橋の欄干を足場にして地上数十メートルのところへ跳び上がる。
風は南西、やや強めだが方向からして追風だ。上昇気流もあるせいで計算が難しい。それと重力はほんの少しこっちの方が弱いな。魔力を必要なぶんそそいで、無駄なぶん削れば四発耐えられそうだ。
確認も終わったし降りるか。
飛び降りると、陣内さんの横に知らない人が来ていた。
「君が、ツキ、さんでいいのかな?」
アニマルゴーレムで誰かが来ていたことは知っていたけど俺に話しかけに来る人だったとは思っていなかった。
俺に話しかけて来る人って余程の馬鹿か、事情を知らない人くらいだからな。俺が飛び降りたのを見て小さく目を細めるだけの反応だった。
最初から俺のことを異常だとわかっているらしいな。
「突然失礼します。高橋です。よろしく」
「よろしく………?」
この人もなかなか変わっている人みたいだ。
俺によろしく、とか珍しいことを言う人もいたもんだ。
そんなとき索敵がほんの少し反応した。
そろそろくるかもしれないな……ぁあ、早く帰って寝たい……




