百七十五日目 1カップ1回ルール
天狗さんに取り引き話をすると、結構驚いていた。
「……それほどの力が自分にあるとでも?」
「これでも引く手数多だったんで。ここから逃げるつもりだったけど、天狗さんが追ってきたからちょっと考え変えたんですよ」
「………」
渋い表情だが、取り引きとしては悪くないだろう。妥当な対価とリスクだ。
「少し考えたい。場所を変えて話せるか?」
「勿論。ただ、次襲いかかってきたら辺り一帯吹き飛ばしたりしちゃうかもしれませんけどね」
軽く脅しておく。少しはこっちの立場を低くするつもりだが、完全にペースを握られたくはない。主導権をあっちが握れば引き分けに持ち込み辛くなる。
負ける気はない。だけど勝つつもりもない。互いによい結果であれば、気持ちよく終れるだろうしね。
あっちも俺がそれなりに抵抗する気である事がわかっているみたいだ。そこまで追求してくることもなさそうだけど、かといって放っといてくれそうにないしね。
連れていかれたのは、さっきの場所から少し離れた人外専門のバー? みたいなところ。初めてこういうところ入ったからなんかちょっとわくわくする。
こういう落ち着きすぎてる店だとうまく情報が集まったりしないから普段の仕事場所としては避けてるんだよね。騒がしい酒場を選んでる。
「ツキといったか。うちの……天狗の交渉手段で話させてもらうがいいか?」
「どんなやつ?」
天狗さんがニヤッと笑った。あ、嫌な予感。
「その酒場で最も強い酒をショットで飲み、一杯飲んだら相手に質問できるというものだ」
「まるっきりドワーフのそれじゃねぇか……」
何回かこれに似た事をされたことがある。酒場で強い酒を何倍飲んだら質問していいっていう契約。これ最後の方互いに酔ってるからあんまりいい情報取れないんだよね……
「まぁ、いいですよ?」
「では店主。もっとも強いやつをとりあえず……十杯」
あっちの世界ではそれなりに飲めてたけどこっちの酒の方が酒精強そうだし、一杯目からダウンするとか流石に……ないよね?
ちょっと緊張していると天狗さんと俺の前に透明なカップが数個置かれる。うん、匂いからして凄い強そうなんだけど。
「ああ、ついでに聞くが。鬼なのだから酒には強いのだよな?」
「いや、そうとは限らないですよ? そもそも俺こっちでは未成年なんですけどね……」
カップの端を合わせて、互いに一気に飲み干す。喉を熱いものが通りすぎていった。酒の匂いが口に残ってるからあんまり鼻が利かないなこれ。
「んー、これくらいなら問題なさそう」
「中々の酒豪みたいだな。では質問させてもらおう。本名は?」
「ブランだ。ブラン・セドリック・エステレラ。一応今はこれが本名って事になってる」
「一応、今は? どういうことだ」
「次はこっちの質問。この周辺だけでいい。人外はどれだけの人数がいる?」
「うちのメンバーなら50人と少し、といったところか」
そんなに少ないのか。もっとどっさりいると思っていたが。
質問を終えたのでもう一杯飲み、再び質問を返す。
「先程の一応という言葉の意味を教えてくれ」
「俺は一回死んでる。今の名前がこれなだけだ」
「そういうことか」
「ああ。んで、次俺な。何故友里さん……というか浅間の二人を狙った?」
天狗さんが言い淀む。確実に何かありそうだが、危険な橋かもしれないな。突っ込みすぎたか?
「……IKフィルム、それの解除コードを狙ってのことだ」
「IKフィルム、か」
やっぱりそれか。浅間の二人が狙われる理由は毎回それっぽいな。俺には教えてもらえないから、天狗さんに聞くか。
互いに話し終えたのでもう一度カップを傾ける。
「どこから来た?」
「わからん」
「わからん?」
「この国来る前だと監禁されてたから何処にいたのか俺にも見当つかないんだ。じゃあ次。IKフィルムについて教えてくれ」
互いに質問を繰り返し続けた結果、スッゴい飲んだ。
俺は毒耐性あるから酒精とかほとんど関係ないんだけど、これ以上は腹に入らん。そもそも胃が小さいしね。
血ならいくらでも入りそうだけど、酒はもう要らないわ。っていうかこれ会計どうなるんだろう。
妙な意地と情報欲しさにがぶ飲みしてたからカップがとてつもないタワーになっている。
最早隣の席埋まってるし。
「お客さん、あの量のんで大丈夫かい?」
「ああ、俺毒盛られても死なないくらいには内臓強いんで。でもこの人が大丈夫なんですか?」
「いやぁ、いくら天狗が酒豪だとはいえこれはちょっと不味いと思うよ……」
俺がそんだけ飲んでるってことは天狗さんもそんだけ飲んでる。そのお陰で俺達の両側は誰も座れない。あ、天狗さんは寝ちゃった。
代金は要らないと言われた。これ、天狗さんに押し付けるのだろうか? 半分は俺のせいだから申し訳ないんだけど。
店主にそう伝えると「いつもこんな感じだし、この人金持ちだから大丈夫だよ」みたいなことを言われた。
金なら俺も持ってるんだけど……まぁいいか。バーを出ると、三時間くらい経ってた。逆に言えば三時間であの量なんで俺今あり得ないくらい酒臭いと思う。
どうやら毒耐性を超えて飲んだらしく、体が少し火照っている。帰る途中に公園あるし、ちょっと休んで帰ろう……
ベンチに座って涼んでいると、知らないおっさんが隣に座った。俺の親父と同じくらいか? 頭頂部が危ういからもう少し老けて見える。
おっさんは煙草をくわえて百円ライターで火をつけようとしている。だが火花が散るだけで火がつかないみたいだ。
ずーっとカシュカシュやってるからちょっと不憫に思えてきて、手を動かしたタイミングに合わせて札術をこっそり使用した。
事故ると怖いから火をつける魔法じゃなく、風を操るやつで周辺を煽った。火がついたらしく、おっさんは直ぐに煙をふかし始めたのでその場を離れる。
これ、練習にいいかもな。結構難しい。バレないように周りから中心に向かって風を送り、それでいて火花を消さないくらいの加減で行う。思ったよりハードだ。
「……はぁ」
『大分飲んでいたが大丈夫か』
「ああうん、大丈夫。お前は気付かれたりした?」
『いや、恐らくは誰にも。だがあの天狗は気付いていたかもしれんな』
「やっぱりそうか……」
協力的な相手で良かったかもしれない。俺でも直ぐには気づけないこいつの気配を感じ取れる相手とは正直あんまりやりあいたくないしね。
「じゃあ、帰るか」
『酒臭いがいいのか?』
「あ」
毒消しで臭い消えないかな……と思ったが消えてくれなかった。仕方ないのでそのまま帰ったら友里さんに凄い顔された挙げ句にキリカに説教喰らった。




