百七十三日目 狂っていることが普通
受験おわりました!
ちょっとずつ更新速度戻せていけたらと思います。
「天狗族なんているんですね」
「それはこちらの台詞なんだが……あんたのことを教えてくれ。鬼族は何人居る? 知っている限りの数で構わん」
「……俺が知ってるうちなら、俺合わせて二人」
鬼族は俺達吸血鬼以外にも角鬼族だとか百目鬼族とか居るらしいけど俺はあったことないのでノーカウントとしよう。何人居るかも知らないしね。
そんな情報売れとも言われないから調べてない。だって鬼族って閉鎖的すぎて調べ入れられないんだもん。俺がヒト成りってバレたら潜入も無駄だし。
「……そいつは男か?」
「ああ」
「そうか……」
あ、この人絶対子供をなんとかできないかとか考えてるぞ。ごんさんから聞いた話によるとこの国じゃ『種が途絶えること』を最も禁忌としているらしいし。
絶滅しかけてる種を繁栄させる為ならある程度異常なのがバレてもいいんだって。なんか矛盾してる気もするけど、ここではそれが普通らしい。
目立つなとか言っておきながら、種のためならある程度は見逃すって言ってんだもんね。
「種族として鬼族と最も近いのは何だ?」
「え、知らないですよ? 俺その辺詳しくないですし」
知ってるけど知らないふりしとこう。この世界では鬼は完全に絶滅してるっぽいし、下手に掻き回すつもりはない。早々に退散する予定だし。
「なら人間に孕ませるのもアリか?」
「無しに決まってんでしょ……。正直、俺はこのまま絶滅してもいいって思ってます。仕方ないって思ってます。そしてそれはもう一人の鬼族もそうです」
「なに?」
「こっちではその考え方が主流なんでしょうけど、俺達は種の繁栄とか割とどうでもいいです。そういう考え方で生きてますんで」
日本の生まれではないことは伝えてある。常識の違いをハッキリと言っておかないと、色々と言いくるめられそうだ。
「変なやつだな」
「ええ。俺は変ですよ? 自分でいうのもなんだけど結構狂ってます」
自分が死ぬことを予定して今後の計画立てるくらいには狂ってるよ。
「だって狂ってなければ直ぐ死んじゃいますから」
戦場で血の匂いを嗅ぐ度に、狂っていっている気がする。どんどん人でなくなっていくような、自分で自分がどこにいるのかわからなくなるような。
その内、人を殺すかもしれない。それすらも日常にしてしまうかもしれない。
不安と恐怖を幾度となく感じると、どうやら頭は麻痺していくらしい。
それが不安で恐怖だったことすらだんだんと忘れていく。
人の足を切り落とすことが、それこそ日常生活で料理することみたいになんでもないことに思えてくる。
目を潰して、手を貫いて、それが普通になっていく。
殺しはしない。けど恐ろしいと思っていたことが少しずつ普通になっていくとその内人殺しも普通になっていくんじゃないか。
そう思うと、今はとてつもなく不安だ。
不安に感じていられる今はいい。不安を不安と認識できなくなったら、俺は正真正銘の化け物だ。否定材料が欠片もなくなる。
だからなにか狂っているくらいが丁度いい。どこかおかしくても不安を不安と認識できれば、俺はまだ人でいられる。
「どんな場所で育ったんだ、お前さんは……」
唖然とした表情でごんさんが聞いてきた。
「狂ってる場所に日常的に出入りするとこ、ですかね? まぁ今はまだ大丈夫ですよ。あそこを狂っていると認識できているのがその証拠です」
あそこを日常と認識したら、それはもうアウトだ。人として死んでいる。
「さて、天狗さん。俺になんのご用で? もう後数日で帰らなきゃいけないんで、なんかやらかすのは見逃してほしいんですけど」
「帰りたいのか、そこに?」
「そりゃ帰りたくないですよ、多分もう死ぬし」
でも、それ以上に大事なことがある。
「だけど……大切なことがあるんです。いや、大切なもの、かな。それを守るために行かなきゃいけないんです」
「その大切なものとやらを聞くのは無粋か?」
「無粋ですね。でも……教えてもいいですよ」
俺が守りたいのは、口に出すまでもない。あいつら以外に、いったい何があるんだろうか。
「家族」
「そういうことか。鬼族だけではないんだな?」
「そうですね。多種族構成の大家族ですよ。人間に鬼、悪魔、精霊に獣人。面白いのだと霊獣とかいますけど。こんな俺についてきてくれる、お人好し軍団です」
「それはまた……大所帯だな」
俺も人数把握してないからな。
でも、俺が家に迎えた時点で皆家族だ。自分でいうのもなんだけど、人を見る目だけはそれなりにあると思う。
自分の勘を信じて生きてるからその辺りも疑おうとは思わない。
「ええまぁ。元々の立場もバラバラですしね」
奴隷だったとか王族とかスラム上がりとか。たまに生活感の違いで面倒事が起きることもある。それがいい。それでいいんだ。ぶつかっていい。
殴り合いになったっていい。そこから本当の家族になれれば切っ掛けなんてそんなもんでいい。
「こっちの人外がどういう付き合いしているのかわかりませんが、俺達のところじゃ常に殺し合いしてた相手と次の日共闘することだって珍しくない。だから仲間を、家族を何よりも大切にする。俺はそれがちょっと強いだけですよ」
本当の家族と呼べる人達はそんなことなかった。育ててくれたことには感謝する。けどそれだけだ。それ以外のことは何もしてくれなかった。
俺にとって家族は、辛いだけだった。出来すぎる妹にテレビとかで仕事やってる売れっ子の姉、それと出来損ないには興味のない両親。どれもこれも俺には狭くて苦しいだけだった。
だから今の家族を絶対に失いたくない。ちょっと危険な毎日だけど……いや、ちょっとどころじゃないくらい襲撃受けたりするけど、ここまで楽しい暮らしは初めてだった。
毎日が楽しすぎて、明日が早く来ればいいのにとか考えて。一人薄暗い部屋で日付が越えるのをただじっと待つだけの日々のあの頃には、もう戻りたくないとすら思っている。
でもそうも言ってられないのが現実だったりする。
「……俺は、帰らなきゃいけないんです。家族を絶対に失いたくないから」
「……そうか」
「色々秩序を乱すようなことしてすみません。ですがあと数日は見逃してください。まだここでやることがある」
もう少し時間が必要だ。さっさと帰った方がいいというのは充分過ぎるほど解っているが、なにせ急に行程すっ飛ばして進めてるもんだから定着が遅い。
「なにをやるのかだけ聞かせてくれ」
「……これから起こることに対する対抗策、とでも言えばいいでしょうか。自動防衛システムの構築っていうのが一番近いかもしれません」
「……今の言葉でなんとなくわかった。だがそれなら君を帰すわけには行かない」
周りから複数の視線を感じる。5人、いや6人か。この世界特有の術なのか、なにか肌にぴりぴりくる。
試しに手に魔力を纏わせるとその瞬間に霧散した。
「……聞いたことがあります。どんな術でもそれが理外のものであれば打ち消すことができる術。それですかね?」
札術も多分使えないだろう。ゲームでも噂でしか聞いたことがなかったが、本当に存在するとは思わなかった。
それ以前にあのゲームの世界が現実にあったことすらビックリなんだけどね普通は。
「そうだな。すまない、君のことはこちらで保護させてもらうよ」
「ははは。保護? 捕獲の間違いじゃないんですか?」
ベルトも反応しない。これどういう原理だろう? ここがゲームだったら不正ツールのチーターだなって考えるだけだけどここ現実だもんな。
しかもついでに言えば日本だしな。日本ってこんなにファンタジーに溢れてたなんて知らなかった。知ろうとしなかっただけかもしれないけど。
「……すみません。俺、捕まってあげられません。あんたが俺みたいな希少種を絶やさないようにって配慮で保護だって言ってるのはわかってますけど、そんなこと言ってられないんですよ」
魔法は使えない。というか魔力が使えないからどんな道具も使用不可能だ。でも。
「だって俺、死にに行くためにここにいるんですから」
俺の身体能力が人並みになってる訳じゃない。
窓の外に飛び降りても、無傷だから。
……俺は、化物、だから。




