百七十一日目 れいかちゃん
「とりあえず、どこか落ち着けるところに行って話せないかな? 道の真ん中で話してても暇だし」
「わかった。そう、する?」
癖なんだろうか。毎回語尾を上げて首をかしげる。
疑問系なのか肯定してるのかいまいちわからんな。
俺が場所を変えないかと提案したのは敵の炙り出しも含めているが、なによりこの子とはあまり戦いたくない。
なんとなくだけど、この子には何かある。戦ってはいけない何かが。
「人払い、維持しておく?」
「いや周りの迷惑になるから外してくれるか? 戦闘の意思はないんだろう?」
「わかった。とる?」
頬に張り付くピリリとした空気が和らいだ。俺は色んな所で仕事するうちにどこが危険でどこが安全か、五感を駆使して判別することができるようになった。
殺気を感じとるのもこれのひとつだ。まぁ勘でしかないから外れることもあるんだけどね。
「ここでいいかな? 食事も摂れるみたいだし」
「どこでも、いい?」
人払いの範囲外のカフェを選んだ。敵が他にも沢山いるってのはそこまで警戒することないかもしれないけど、念のために。
この子以外の好戦的な相手が潜んでいる可能性はゼロではないんだから。
「どれか頼みたいものある?」
「ご飯、食べてない?」
「好きなの選んでいいよ。お金ならある程度はあるから」
そう言うと七人前くらい注文した。食べきれるの? 見てるだけで胸焼けしそうなんだけど。
特に俺の場合常人の十分の一くらいで充分なもんだから俺からしたら七十食分だ。
俺は勿論アイスティーだけ。食べ物は腹に入る気がしない。それに喉が乾いているから舌の感覚が若干鈍っている。
今は食べ物を食べて美味しいと感じ取りにくい。
「お、美味しい?」
「んぐ。美味?」
「そ、そっか……本題に入っていいかな。食べながらでいいから」
口一杯に食べ物を放り込みながら首肯く。リスみたいに頬がパンパンなんだが。少しずつだけどじわるからやめてくれ。
「えっと。君の名前を教えてくれないかな? 俺はツキ」
「れいか。半狸?」
「獣人のハーフか。それでこんな不思議な匂いが」
「?」
「ああ、いやなんでもない。君がここに呼び出した理由を教えてくれ」
れいかと名乗ったその子は口の中のものをリンゴジュースで流し込む。可愛いなこの子。
……別に幼女趣味とかないからね⁉
「部族の掟。目立ちすぎ。暗黙の了解?」
「ああ、そういうことか……それは悪かった。俺はここの者じゃないんだ。好き勝手やって申し訳ない」
彼女が言いたいのは恐らくこの世界における『そういう種族』の禁止事項に俺が触れてしまったことなんだろう。
人間しかいないと信じられている世界に獣人や俺達鬼族が入り込んでいたとしたら抹殺対象になってしまうのも時間の問題だ。
なんの問題を起こしていなくとも「いつか起こすのではないか」という悲しい空想によって俺達は迫害される。
人は異物を好まず、弾き出す。たとえ殺して弾いてでもそれが正義だと言い張って忘れてしまう。非人道的な動きでも沢山の人によって推奨されてしまえばそれは人道的な行いになってしまう。
「悪いとは思っている。だがあと数日は見逃してくれないか。俺達は数日後、もとの場所に帰る。それまでに準備が必要なんだ」
「なんの?」
「……殺される準備さ」
黙々と食べ続けていたれいかちゃんの手が止まる。
「死ぬの?」
「わからない。実際にこの体が殺されて二度と動かないものになるか、それとも利用されて人形になるかはな。恐らく後者だと思うが……」
自分で言うのもなんだが、俺の体は利用価値があるからな。ネベル国のじっちゃんに口酸っぱくして言われてるし。「お前だけは敵対するなよ」って。
あっさり人類の敵認定されてる俺だが、普通に敵対するつもりないのに。
まぁ、じっちゃんの言葉は「油断してつけこまれるなよ」って意味もあるんだろうけど。
拐われてる上に足一本相手に弄ばれた時点で俺はもう負けてるから説得力ないけどね。
「じゃあ、ひとついい?」
「ん? どした?」
「どこから来たのか、なんの種族なのか、それだけ教えて?」
最初から人間ではないと。その通りだけどさ。
「どこから来たかは……わからん。俺一応追われてて、つい最近まで監禁されてたんだよね。どこに閉じ込められていたかは覚えてない」
「種族、は?」
「………ま、いっか。鬼だ」
「おに?」
え、こっちに鬼って居ないの?
「こっちに鬼居ないの?」
「聞いたこと、ない……ある?」
「どっちだ」
どちらにせよメジャーな種族ではないんだな。安心したような、ちょっとがっかりなような。
俺の弱点握られたらおしまいだしね。血からしか栄養摂取できないなんて下手に知れて血を全部取り上げられたら冗談抜きで死活問題だし。っていうか餓死するし。
カランカランと涼やかに店のベルが鳴る。
入ってきたやつはどうみても涼やかじゃないけどな。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「ああ、いや。待ち合わせがあってね。先に来ているはずなんだが」
そいつはこっちに目を向けて軽く睨んできた。ちょっと恐いので目を逸らす。
「おい無視すんな」
「あちらの方ですか?」
「ああ、そうだ」
「では椅子をお持ちいたします」
ゲッ、来た……
店員さんにコーヒーを頼んでそいつがれいかちゃんの隣にどっかりと座る。
「おい、なんで目を逸らす」
「いやぁ……だって恐いし……」
「てめぇ俺の顔見てどこが恐いか言ってみろよ、あぁん⁉」
まず話し方だ。
「なんかこう、うん。全体的に。醸し出す雰囲気が?」
「直せねぇじゃねえか」
だってそれ生まれつきだろ? 直るわけないだろ。ついでに言えば言葉遣い直しても無駄だぞ。どうみてもマフィアだぜ。
「で、レーカ。こいつどうだ」
「ん。ぬぐぬぐん。ふぬむんむふぐ」
「れいかちゃん。飲み込んでからでいいからゆっくり話しな」
さっきの俺が殺される発言したときは口になにも入っていなかったのに、このマフィア(仮)が来るためのたった数十秒で口一杯に食べ物を詰め込んでいた。
物凄い早業。しかも無音。
「むぐ。……悪い人、じゃない。多分。種族は、おに、っていった?」
「なっ、手前鬼なのかっ⁉」
「えっ、なに⁉」
ちょっとボケッとしてたから全く会話聞いてなかった。俺ある程度集中すると耳をシャットダウンできる謎特技がある。
周り五月蝿い中で勉強するのにオススメ。
「鬼なのか⁉」
「う、うん。おかしいのか?」
「おかしいもなにも、数百年前に絶滅したはずだろ⁉」
「………へぇー」
「反応薄いな‼」
「だって俺には関係ないし……絶滅してようが生き残っていようが俺が生きてることには代わりないし」
実際、滅びることに関してさして問題はない。
今この時だってなんらかの生物が新しく生まれて滅びていっているんだろうし、人族だってそれに当てはまらないはずがない。
「俺は俺だよ。狐さん?」
狐……フォックスの獣人マフィアさんは顔をしかめた。




