十七日目 一月十七日
また、雪が降り始めた。俺とヒメノが会う日は確実に降っている気がする。
「うっ、寒………」
マフラーを口元まで寄せてなるべく肌の出ている面積を小さくする。
「ギルマス、お待たせしました」
「それはいいんだけど………どうした?」
なんかヒメノのズボンが破れている。ダメージ加工してる訳じゃない。これ完全に破れている。
「え、こういう柄なんですよ」
「それにしては不自然な場所破れてるんだな」
「あ、そ、そう! そうなんですよ!」
「その破れてるところが擦りむいて血が出てるのもお洒落?」
「う………」
全く………。
「転んだのか」
「いや、その………はい」
「じゃあ新しいの買いに行こうか。っと、その前に。ちょっと待ってろ」
走って駅の中に戻りティッシュを水で濡らして戻る。
「えっと、ギルマス?」
「ほら、足出せ。水で流せなくてもせめて拭かないと」
なんかヒメノの体が震え始めた。そんなに寒いかな。
幸い切れてたりはしてなかったから軽く拭いてから絆創膏を貼っておく。
「家帰ったらちゃんと手当てしろよ」
「は、はい………」
「さてと。どっか洋服売ってる店は……探せばあるか。ん?」
あれ、いない。
「ヒメノ?」
え、なんでいないの。
あれか。俺が迷ったのか?
え。嘘だろ。数秒で迷子って俺どんだけ方向音痴なの。
と、思ったら。
「お兄さん、よかったらうち寄ってってよ」
「いや、その」
「一杯おごるからさ」
客寄せに引っ掛かっていた。………もう置いていこうかな。
っていうか客寄せする方もする方だよな。選び方が露骨。っていうかなんだよヒメノは。まるでゴキブリホイホイみたいに女が寄ってくるぞ。
集られてるというか、遊ばれてるというか。リリスとはまた違った感じのくっつかれ方。
リリスのあれは愛じゃない。愛と書いて殺意と読むんだ。
だってリリスの第一声、死ね、だったしな………。
あ、やっと解放されたっぽい。
「ギルマス。見てないで助けてくださいよ……」
「いや、俺にあの中入れとか無理だから」
なんか視線を感じる。刺さる感じの視線。
「おい、なんで俺まで見られてるんだよ」
「いや、僕なにも悪くない………」
そうだけども。っていうかここ駅前だから無駄に人の目がつく。
「なぁ、ヒメノ。どこに………」
また居ないし。別の女に捕まってるし。
携帯で周辺の店調べとこ。あ、ここいいじゃん。
「助けてって言ってるじゃないですか………」
「俺に言うなっての」
目を離すとすぐこうなるって最早病気の類いじゃないか。
「っていうか特性としてはジン………?」
「僕インキュバスじゃないです」
ジンっていうのはセドリックの契約悪魔で種族はインキュバス。インキュバスの癖に男好きっていうルートベルクに負けず劣らずの変態だ。
ちゃんと働いてはくれるけど。
「じゃあこれではぐれないだろ」
「え、あ、ふぁ⁉」
「なんだ、嫌か」
「そそそそそんな滅相も御座ってませぬ!」
「日本語おかしくないか?」
こうでもしてないと女が寄ってくる。現に俺が手を繋いだ瞬間は視線が鋭くはなったけど減った気もする。
「さっき調べたんだよ。ジーンズ売ってる店」
「あ、ありがとうございます………ご馳走さまです」
御馳走様? 俺が払うのか? 賞金あるから別にいいけどさ………。
ここか。店のなかに入ると暖房がよく効いていて暖かい。
確かジーンズは二階だったな。
「なぁ、ヒメノって…………? ヒメノ?」
また居ない‼
「どこいった今度は」
店にはいる直前に手を離したから? ……………ああ、いた。
「何やってんの」
「いや、べつに、その」
何故か入り口前で座り込んでいた。何やってるんだこいつ。
「ほら、早く買いに行くぞ」
乾燥で頬が赤くなっているのはわかるが、それにしては真っ赤すぎないか? そういう体質なのか。
二階に上がってジーンズのコーナーへ。
「そういやヒメノって何センチ?」
「僕は182です」
「うっわぁ………なんか横に立ちたくないかもしれない………」
チビですかとか聞くなよ⁉ チビじゃねーよ! ど真ん中だよ、平均の何が悪い!
「な、なんでですかぁ」
「それは聞くなよ………俺が悲しくなるからに決まってるだろうが………せめてあと4センチ欲しかったのに………」
160ないんだよ。俺。157だよ! 悪かったな!
「ごめんなさい」
「謝るなよ。余計悲しくなるだろうが」
ジーンズを買って早速履く。なんかヒメノが着るとスラッとして格好いいんだよな。俺は、前にも言われましたよ。はい。ちまっとしてるって。
ちまってなんだよ『ちま』って…………ちまっとしてて可愛いね、って誉め言葉に聞こえねぇんだよ俺には…………。
「ギルマス、どこに行きますか」
「逆にヒメノがいきたい場所ってあるのか?」
「ギルマスの行きたいところが僕の行きたいところですよ」
「お、おう………」
ちょっと面喰らってしまった。笑顔で言われると破壊力がある。まぁ、俺人の顔あんまりはっきり見てないからなんとも言えないけど………
「じゃあ………」
ってことでケーキ! ケーキだよ諸君!
俺の目当てはケーキじゃなくてプリンだけどな。なんか聞いたところによるとショコラプリン・ア・ラ・モードが美味いと評判らしい。
ここで音楽家豆知識。ア・ラってなにか知ってる? 日本語で言うと『~風の』って意味なんだって。音楽記号ってイタリア語が主だから軽く意味くらいは習ったりするんだ。
音楽理論の先生の受け売りだけど。
「ギルマスって幾つでしたっけ」
「俺? あー、16……………あ」
「?」
「今日って何日」
「1月17日です」
「17だ」
「え、もしかしてもう過ぎてたりするんですか」
「いや、今日」
そういや俺今日誕生日だ。
「いや、なんかあった気がしたんだよね、17日。まぁ、結果的になんにもなかったけど」
そっか。俺17歳かぁ。特になにもないけど。
「お祝いとかしなかったですか、大丈夫ですか」
「家族と? ないない。だって俺親父と6年間一言も会話してないし」
「え? お父さん単身赴任ですか」
「まさか。会社に寝泊まりすることも多いけど最近は家にいるよ」
早く会社行ってくれとは凄い思うけどな。
「そんなに仲悪いんですか」
「っていうかゲーム壊されてから一言も話してない」
あれはショックだったし、喋ることで今やってるゲームのほうでもぼろが出そうだしな。
っていうかこのショコラムース旨し。めっちゃ甘い。甘いものは正義。
「そういえば、甘いもの好きになったのも6年前かな」
「………?」
「ストレス溜まりまくって砂糖ばっかり食べてたら抜け出せなくなって」
「それ中毒‼」
ですよねー。昔は苦いものとか好きだったしキムチとかも食べてた気がするんだけど、今はそんなもの受け付けなくなってしまった。




