百六十八日目 あくまでも尋問
とりあえず気絶している友里さんを起こすとするか。
「友里さーん」
揺する。起きない。
「おーい」
頬をつねってみる。起きない。
「もしもし?」
耳を引っ張ってみる。起きない。
「おいこれ大丈夫か」
軽く叩いてみる。起きない。
「おい銀雪。本当に気絶してるだけだよな?」
「そのはずだ。ご主人の目ならもっとハッキリとわかるのではないか?」
「まぁ、そうなんだけど」
確かに俺がみてもどこかに異常があるとかはないと思う。俺の医者としての勘が鈍ってたらこれも間違ってるかもしれないけど。
……ごめんよ友里さん。なんか変なことされてないか確認するためだ。
札を一枚取り出してベンチで寝ている友里さんの顔の真上にそれを掲げる。
「水の札、一ノ型。水流」
「ブグッ、ゲホッ、ゴホッ」
「あ、よかった。起きた」
真上から水の塊落としたら起きた。これで起きなかったらちょっとヤバイと思ってたけど。
「何すんの⁉」
「だってあまりにも起きないし、下手に調べるのも悪いかなと」
「無理矢理過ぎるわっ‼」
咳き込みながら叫ぶ友里さん。器用だね。
「友里さん。何があったか一応聞いていい?」
大体のことはアニマル越しに確認してるけど、念のために何があったのかもう一度調べ直すのも必要だろう。
「え、えっと……誰も死んでないか確認しに行って、スタンガンで気絶させられて……気づいたらここだった」
「よし、問題なし」
「どこが問題ないの⁉ 寧ろ問題しかないじゃない!」
「それ俺に言われてもな。そもそも殺されかけて直ぐに人前に出てる時点で俺にどうしろと? 止めたぞ俺は」
「う……」
まぁ、ハッキリと危険性を話さなかった俺も悪いけど。
そして嫌なことにこの世界にも異端は存在するという事実がわかってしまった以上、下手に深入りはできなくなってしまった。
もう後悔するのもちょっと遅い気もするが、俺たちはあまり関わるわけにはいかない。
「……存在値の減少が顕著になってきたか」
「え? なに?」
「あ、いや、なんでもない。一旦帰ろうか。キリカの近くが今はこの世で一番安全だ」
友里さんにタオルを渡して、その場からとりあえず離れることにする。ベンチは俺の出した水でビッシャビシャだけど、乾かさなくてもいいよね。
この公園は友里さんの家からそれほど離れていない場所にあるから歩いて帰っても問題ない。
「ねぇ、ツキ」
「なに?」
「今更だけどそのモヤモヤなに?」
未だに霧状の銀雪を指差す。
「ああ、そいつは銀雪っていって………?」
え?
「友里さん? これ、見えてるの?」
「へ? 見えてるといけないの?」
いけないってことはないけど。銀雪に確認をとってみる。
「お前、今可視化してる?」
「いや、呼び出された直後は流石に使っていたが……」
ということは今普通の人間が銀雪を見ることはできないはずだ。
「友里さんって霊感ある人?」
「ないと思うけど……っていうかそれ幽霊なの⁉」
「当たらずとも遠からず、って感じかな」
恐らく、銀雪に触れすぎたんだろう。悪魔の空気に体が慣れかけれている。
鞄からゴーグルを取り出して装着し、魔力反応や熱源探知で友里さんを調べる。
「……引き返せないところまでは来てないな。一週間もすれば元に戻るだろう」
下手に関わりすぎると友里さんが見えないものを見える体質になってしまう。霊感の強化なんかも行われてしまうから気を付けないと。
「ねぇ、さっきからなんなの」
「別に。強いて言うなら診察かな」
完全に怪しまれている。とりあえず銀雪は幽霊みたいなもんだと適当に説明して、家に帰った。あ、ついでに言うと声までは聞こえないらしいから俺が独り言喋ってる風に見えるらしい。
中途半端に見えるって嫌だよね。薄ぼんやりとしたなにかが視界にはいってくるから気になって仕方ないらしい。
そして家に到着した。
玄関でキリカが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、マスター。ユリ様」
「ああ、うん……その足蹴にしてるのなに?」
「侵入者でございます」
「さいですか……」
男が五人ほど重なりあってキリカに踏み潰されていた。たまに呻き声をあげるのでちゃんと手加減されているらしい。
「尋問した?」
「いえ。マスターにその辺りはお任せしようかと」
確かに俺が適任だろうけど。そもそもこいつら内蔵破裂とかしてないよね? 喉は生きてますか?
「えっ、なにこれ」
「侵入者でございます」
「キリカさんが、一人で?」
「はい」
今まで銀雪に遮られて前が見えていなかった友里さん。状況を把握して若干固まる。指を指して、
「警察、呼ぶ?」
これキリカさんが捕まるとかないよね? とか呟きながら聞いてきた。
「その前にちょっと聞き出すことあるからいいかな」
「なにする気?」
「ごう―――尋問」
「今絶対拷問って言おうとしたよね」
でも軽ーいやつだし。大丈夫だって。
「体には一切傷をつけないから問題ないよ」
「なにその手慣れた感じ」
「実際、こういうことするのも俺の仕事なんだよ。安心して任せてくれ」
トイレに一人連れ込んでさっき友里さんにやったのと同じように水をぶっかけて目を覚まさせる。
「ゲブッ⁉」
「お。起きたな」
「な、なんだテメェッ!」
「はーい、暫く黙れ」
ナイフを目の前に突きつけて一旦静かにさせる。混乱しているみたいだから少し状況整理の時間もくれてやろう。
「お前は浅間家に侵入、うちのメイドにボッコボコにされて今に至る。ってことでいいな?」
「っ……」
「先に言っとくけど、俺はあのメイドより容赦ないんでそのつもりで」
ーーーーー≪友里サイド≫
あいつ、やっぱりおかしいと思う。
助けてくれたのは感謝するし、恩も感じてる。あいつ自身、優しいところとかも結構あるんだと思う。
けどそれを補ってあまりあるほどのあの胡散臭さはなんなの⁉
お父さんも帰ってきたと思ったら急にあいつによそよそしくなってるし、あいつはあいつでキリカさんに生活の一切をやらせるしでなんか態度デカくて腹立つ!
それに拷問だか尋問だかってトイレに泥棒連れ込んで5分で相手を震え上がらせてるってほんと何してんの⁉
というかどうやったらああなるの⁉
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「は、ははは……もう、おしまいだ……」
「誰でもいいから……助けてくれ……」
今も部屋の隅で震えている。あまりにも不憫だからとりあえずこのまま放置しているけど。
「マスター。あの屑共になにをされたんですか?」
「ん? ああ、脅してみた」
「そうですか」
この二人はずっとこの調子だし、本当に家にいれたのは間違いだったんじゃないかな……。
キリカさんはツキを無条件に信頼……というか崇拝してるし、ツキはツキで相変わらず恐ろしいほど胡散臭いし。
その上なんか白いモヤモヤがずっと部屋のなか飛び回っていて気になって仕方ない。お化けって言われても、ぼんやりしすぎてて思ったほど怖くないってのは幸いだったかな……。
もうほんと、なにがなんだか全然わかんないんだけど……。




