百六十七日目 銀雪
なぜ俺が極道の関係者かと思われたかはさておき。この人どうして俺に気づいたんだろうか。
道からは死角になる場所に入り込んでいる筈だし、俺がここにたどり着いたのも見つかる十秒ほど前だ。
ただ勘がいい人なのか、それとも、そういうところに気を配る癖がついている人なのか。
後者の場合、高確率で戦闘訓練を受けている。この世界ではそんなことはないと思うけどね。
「ちょっと真矢? なにしてんのそんなところで?」
遠くから声をかけられ、彼女が振り向く。
……チャンス!
「いや、この人が……あれ?」
「なに言ってんの? 集合時間に遅れるよ?」
「さっきまで人が座り込んで―――」
「わかったわかった話なら後で聞くから。電車行っちゃうでしょ?」
半ば引きずられながら真矢と呼ばれた女性がその場から去っていった。
少しして、完全に二人が見えなくなったところで札を破る。
咄嗟に札術で迷彩をかけたのが役に立った。ただ見えなくするだけなので体は存在するから触れられたら一瞬でバレてたけど、あの女の人が引き摺ってくれたお陰で近づかれることもなく存在を消せた。
「なんでこんなコソコソしなきゃいけないのかな」
俺の体が異常だからだ。理屈はわかってる。
でも俺だって普通になりたいと何度も思った。助けてくれたエルヴィンには勿論感謝してる。吸血鬼という体で得をしたことも損をしたことも沢山ある。
だけど、俺はこの世界でもあっちでも異物でしかない。
だからしつこく狙われるし、何度死ぬかと思ったかなんて数えたこともない。
人間は異物を恐れるくせに、未知を探求しようとする。俺はそれに翻弄されているだけなのかもしれない。
この力がなければゼイン達王族と話すことすらなく、ただちょっと他人より戦い慣れしている旅人とか、そんな感じの暮らしをしていたんじゃないかと思う。
よくも悪くも、エルヴィンに助けられてから(拉致られてから)色々と変わりすぎた。それはもう、怒涛の日々とでもいえるだろう。
でなければたった数ヵ月で王族を味方につけるなど不可能だし。
「ふぅ……やっと落ち着いてきた……」
そろそろ移動をしますかね。
ベルトに仕込んであるワイヤーを使ってどっかの店の屋上に飛び上がる。なるべく足を使いたくないからこその苦肉の策だ。
踏み切ったり飛び降りたりするのは片足でもなんとかならないこともない。その分右足の負担が増えるだけなんだけど。
「……♪、♪~♪」
口笛を吹き、辺りの様子を確認する。
実はこれ吟遊詩人の本来の仕事に近い。吟遊詩人は主に戦闘者のサポートや周囲の偵察を行う上級職。音をならすことで近くに何があるのか調べることだってできる。
その代わりこれだけ極めようとすると戦闘能力皆無なんだけど。
口笛の音の反射でどれくらいの人が密集しているのかくらいは感覚で理解可能だ。
「んー、思ったより人が多いな……。場所を移すか」
今まであんまり使ってこなかったのはこれ使うのに結構条件が必要だったから。
例えば半径十メートル以内に仲間がいた場合、音は遮られて上手く反射しなくなるし。音の届く範囲も地域や建物の数で大分変わってくる。
……俺の場合、それ以外にも大量のスキルや魔法があるしなによりアニマルゴーレムという便利過ぎる存在がいるからほぼ使う必要なかっただけなんだけどね。
今はアニマルとのリンク切ってるし、魔力も極力使用したくないから使ったけどそれほど精度も良くない微妙すぎる技。吟遊詩人が不遇な理由を実感する。
『ご主人、宜しいだろうか』
「ん、ああ。お前か。どうした」
『とりあえずこの者は安全な場所に運んだが、どこにつれていけばいいだろうか』
「そうだな……よし。お前を案内した鳥はまだそこにいるな?」
『ああ』
アニマルとのリンクを再びする。幾つもの視界が頭のなかに飛び込んできた。
視界を確認しながら指示を出す。
「その子についていけ」
『承知した』
アニマルを動かしながら少し離れた公園に移動する。軽く見たところあまり人はいないみたいだし、公園も広めで隠れるには悪くない場所だ。
足を気にしてゆっくりゆっくり移動する。とはいっても人間だった頃に比べるとあり得ない移動速度ではあるんだけど。
十分ほどたっぷりと時間をかけて公園に到着した。
「っと、丁度良かったみたいだな」
霧に包まれた友里さんが見える。あ、でもこれ魔法でカモフラージュしてあるから普通の人間には見えないよ。
「任務ご苦労様」
「これほど横暴な任務はないと思うほどのものだったぞ」
「そりゃ良かったね。で、お前は見られてた?」
「ああ」
見られてた、とこいつが断言するなら相手もやはり普通ではない。
そもそも悪魔はあまり人前に姿を見せない。ライトとかは人前で仕事するタイプだから隠してないけど、基本的に悪魔は体を見られないことを美徳とする傾向がある。
人各々だし、寧ろさらけ出して喜ぶナルシストも居るには居るけど。
「……そうか。ま、でもこれでお前さんの任務は完了。雑に扱って悪かったな」
「正直、もう二度と使われたくはない」
「さいですか。で、報酬に何を求める? 生き血でも魔力でもいいぞ。血の方はあまり搾り取られると死活問題に発展するからそれほど多くは分けれんが」
そう聞くと、
「飲みきれんほどの血が欲しい。勿論貴様の」
「だから、ちょっとしか物理的に不可能なの。俺常に貧血気味なんだから」
「種族か?」
「そうだ。ヒト成りではあるが吸血鬼。絶滅寸前の、ね」
ヒト成りというのは人間から直接他種族になった俺みたいな事例を指す。
人間って血の効力は薄いから大抵どんな種類にもなれたりする。失敗しやすいのも人間なんだけどね。だからあまりよく思われていない。
失敗したら、成らせる方も成った方も死んじゃうから。だからエルヴィンって地味に凄いんだよね。自分が最後の吸血鬼だってわかっていながら成功するかもわからない魔力等価を人間にやったんだから。
なんというか、胆が据わっている。ほぼ見ず知らずに近い俺に命を捨てるに近い行為をしたんだから。
「ヒト成りか。まだそんな方法が伝わっていることが驚きだな」
「そうなのか? まぁ、失敗したら死ぬし、廃れるのも当然か」
ゲームではそれなりによく使われていた方法だ。キャラメイク失敗した人がやってたからな。それに死んでも生き返るし。
「では、血が無理なら私に名をつけろ」
「………えっ?」
名をつけろ、って。
そんなんでいいの? と思った直後にその言葉の意味を察する。
「本気で言ってんの?」
「冗談に見えるか?」
いや、あんたの顔どころか体全部が薄ぼんやりしててさっぱりわからないよ?
見えるか? といわれても物理的に見えません。
「……わかった。じゃあ……そうだな」
霧から連想してそのままじゃつまんないか。霧……いや、雪とかどうだろう。
「……銀雪、なんかどうかな?」
「承った。これから私はギンセツと、そう名乗らせてもらおう」
表情どころか実体もないけど声がなんとなく高くなったので喜んでいる……のだろうか。本当に全然みえないからわかんないけど。




