百六十五日目 さっさと殴るに限る
札に力を込めてから床におき、その上からチョークで魔方陣を書いていく。別に油性ペンとかでも書ければ何でもいいんだけど一番消しやすいしね。
鉛筆は細すぎるんで寧ろ書きにくい。
「なにする気なんだ」
「ああ、大丈夫です。多分危害を加えられるほどのやつは出てこないんでぶん殴って従わせます」
「はい?」
仕上げに、手の甲を噛んで血を出し魔方陣の中央に血文字で名前を書く。こう見ると血文字ってグロいな。
媒体として魔方陣の上にコップを置き、血を数滴中に垂らして魔方陣に魔力を注ぐ。
「ええと……もうなんでもいいや。足が早くて隠密能力のあるやつ」
ここで本来は細かい指定をするんだけど正直仮契約しかするつもりないので最低限の指定だけで発動させる。
紫から黒の間っぽい禍禍しい色の光が魔方陣から漏れ出し始めた。
「ほ、本当になにする気かい⁉」
「いやぁ、おまじないですよおまじない」
「こんな不穏なのがおまじない⁉」
広大さんが妙に慌ててるがとりあえずほっとこう。なんか手応えあったからそろそろ出てくるはずだ。
血文字が次第に地面に沈みこんで消えていく。それと同時にコップもズブズブと吸い込まれていく。
「これなんかヤバイ儀式してる気分になってくるんだよね……」
まぁ実際ヤバイ儀式に近いんだけど。
失敗したら、の話ね。
黒っぽい光の中ににぼんやりとした霧状のなにかが浮かび上がった。
「……私を呼び出したのは貴様か」
「そうそう仮契約したいんだけど。で、働いてくれる?」
「そんな直ぐには頷け―――ゲフッ」
「報酬ならやるからつべこべ言ってないで働け」
よし、とりあえずぶん殴る。これぞ悪魔の正しい扱い方だ。
「ちょっとツキさん⁉」
「はい?」
「なにやってるんですか⁉」
「殴りましたけど」
こういう高圧的なタイプには先に手を出しておくに限る。
別に本契約するつもりもないし、恐怖支配で十分だ。
本契約と仮契約の違いは、言葉からもわかると思うけど契約期間の長さと重さからのものだ。
本契約だとライトみたいにいつでも呼び出せる関係、いわば雇用主と正社員的な関係になる。その分互いの自由が少し無くなるし色々と悪魔本人の欲求も満たす必要がある。
本契約の条件で供物を週一で差し出せって言ってくるやつも多い。ちなみにライトは『戦う場を提供すること』と『定期的に魔力を渡すこと』だ。これは正直言って破格の安さだ。激安。
変な要求だと『一日一回体を触らせること』とか『イケメンの情報を提供すること』とかあったりする。……どっちも俺の昔の使い魔、インキュバスのくせに男にしか興味ない某悪魔のことだけど。
仮契約は口約束とかでも結べる、雇用主とアルバイト的な関係だ。一個の目的のためにのみ一時的に契約し、それが終わったら契約解除。雇用料の支払いは魔力や生き血だ。
違うのを要求するやつも希にいるが普通はこのどっちかかあるいは両方だ。呼び出しの魔力で殆ど支払いはすんでいる。
「な、なにを……!」
「さっさと話を聞け。今とある女性が一人拉致られてる。とりあえず追跡はしているが地下にはいられたらお仕舞いだ。だからお前に彼女を追い、可能であれば救助を頼みたい。なるべく人を殺さず、最低限の被害で。……できないとは言わせんぞ?」
「ひっ……! しょ、承知しました……。最優先は救助で?」
「いや、追跡で構わない。救助は出来たらしてくれ。甚大な被害が出そうだったり彼女自身が危険に晒されそうだと判断した場合は俺に知らせるだけでいい。とりあえず追ってくれ」
……仕方ない。貴重な戦力だが、小鳥ちゃん2号改No.3をつけるか。
「とりあえず今追跡中の子まで案内させる。外に出て青い尾羽の鳥についていけ」
「はっ‼」
壁をすり抜けてすっ飛んでいった。
「いいなぁ、あいつ通過能力持ちか……」
そういやずっと霧状になってて輪郭ぼんやりしてたからなんの悪魔なのか確認してないな。……まいっか。
「よし。これで一先ずは友里さんは安全でしょう。こちらの安全を確保しましょうか」
「どうやって?」
「こっちがあっちを狙撃します」
アニマルは正体がバレるといけないから使えない。
アニマルゴーレムは応用が利くし便利だから重宝しているけどあまり荒事には向かない。それに量産できる代物じゃないから数も限られてる。
諜報のために作ったゴーレムを下手に戦闘で使用して敵に俺の手先と認識されるのは危険だ。それから先は一切近づけることすら不可能になってしまう。
「先程から色々と……いったい何者なんです」
俺を守ろうとしてくれた男性がそう聞いてくる。
何者か、と聞かれると正直少し困る。多分護衛という言葉では納得してもらえないだろうし。
「何者か、ですか。その問いに答えることは難しいです」
「……?」
「そんなに警戒なさらずとも貴方が攻撃してこない限り、こちらから仕掛けることもないです。安心してください。殺るなら二人きりになってたときに殺ってます」
証拠を出さずに人殺しをすることは可能だ。目撃者の記憶すら弄れる俺には魔法の概念がない世界では色々と無敵だといえる。
「貴方の問いはこの行為に対しての質問ですか? それとも立場に対しての質問ですか?」
「両方、といったら?」
「別にいいですよ。さっきのあれは悪魔と呼ばれる存在です。貴方が悪魔という概念を知っているのかわかりませんが。そして自分はマジシャンです。正真正銘、そういう職のものです」
マジックというものの範疇が手品で止まるのか魔法で止まるのか、その解釈の違いだ。
俺は魔法も手品も使えるが、こればかりは本人の信じるか信じないかの問題だ。魔法なんて目の前で見ても信じないって輩がいるから魔法使いですとはあまり名乗りたくない。
魔法というものをどれだけの人が信じるかなんて俺には関係のないことだから、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。気分の問題。
「さて。こちらも動き出すとしますか」
新しく懐から取り出した札に力を込めていつでも発動できるようにする。俺の言葉ひとつで発動可能だ。
「ではやってきます。立ち上がったり、飛び出したりしないでくださいね。倒しきれるか不安なので」
横に跳んで窓の真正面に飛び出す。ここからだとあっちは俺がはっきり見えるし俺もあっちがはっきり見える。
「風の札、五ノ型。風弾」
札の文字が光って札の力が発動する。不可視の風の弾丸が相手の真横を通過、風圧で窓ガラスが割れて後方のクローゼットの扉が吹き飛んだのが見えた。
狙撃主は少々取り乱しつつもしっかり俺に目を合わせて引き金を引いてきた。どうやら殺りなれてるらしい。困ったな。
とりあえず近くの椅子でガードしてみると確実にロックオンしてきているのがわかる。
「ツキさん⁉」
「撃ってきてるだけです。ご心配なく」
「心配するよ⁉」
別に弾丸くらい受けたところで軽くかすり傷できる程度で済むんだけど、なんとなく防いどくことにする。
「ふむ……弱ったな。戦意喪失くらいしてくれれば楽なのに」
風弾をわざとはずしたのはただの警告だ。どうやら相手は引き際という言葉を知らんらしい。それとも、ただの命知らずなのか。
どうしたものかと考えていると狙撃主がなにかハンドサインを送ってきているのが見える。
「……そういうことね」
面倒くさいが、仕方ない。
「広大さん。どうやらあちらさんはサシでの勝負をご所望だそうなのでとりあえず大丈夫だと思います。日時だけ知らせて片付け始めたので」
「ツキさん、あなたは……」
「こういう状況は慣れてますので。一先ず一般人の避難が最優先でしょう。友里さんの方もそろそろ終結しそうですし」
……とりあえず、失禁した人たちの浄化をやっとくかぁ。




