百六十二日目 ゲームを教えてくれた人
腹の探りあいをし続けていても事態は動かない。それどころか後手に回らされる可能性だってあるんだ。
動けない状況で相手をどう誘導するかが鍵になる。
………なんか俺、いつでも仕事してる気がする。
社畜属性がついてんのかな。親父に似てしまっている気がするから嫌なんだが。
いや……気にしたら敗けだ。今は仕事に集中しとこう。
あまり表立っては動けないから、虫系のゴーレムでこっそり探ってみるか。
「20~23番隊、金属の臭いのするところを重点的に調べてくれ。絶対に見つからない方法で頼む」
半分無茶ぶりに近い指示を出して小さくため息をつく。
さっきから嫌な雰囲気がしつこく漂い続けている。俺にしかわからないかもしれんが、結構露骨だ。
視線に鋭く反応するソウルならきっとどこからのものなのか直ぐにわかるんだろうけど。……こういうことなら俺もそういう技術を身に付けておくべきだったかな。
芋虫斬ったときに似てるかもしれない。ブニョットした感覚と共に溢れだす生ぬるい体液が掛かってくるあの感じ。あの時はあまりに気持ち悪くて気絶するかと思ったけどな。
適当なことを考えていると、目の前にグレーのスーツを着た小柄な男性(でも俺の方が小さい)が立ち塞がった。
「失礼、お嬢さん。少しいいですか」
「……? あ、ごめんなさい。私ですか?」
「はい」
お嬢さんと言われたことなんてここ数年なかったから一瞬反応できなかった。
「チェスはお好きですか?」
「……チェス? ……好きか嫌いか、といわれれば好きな方ですけど……」
何故に今その話し?
ってかあんた誰?
「お手合わせ願えませんか?」
「チェスをですか? ここ最近やっていないのでほぼ初心者ですけど」
「はい。お時間があるなら」
んー……この人自身にはなんか嫌な雰囲気はしないし、ここで断る意味もないしな。さらっとやって負けとくか。
「私でいいのなら構いませんよ」
そう言うと、周りの人の表情が変わった。隠してはいるがどこか嘲笑ってくれている感じがする。どうやらなにか不味いことをしたらしい。
「では賭けをしませんか?」
「何を賭けるんです?」
「僕が勝ったら、今夜フレンチレストランにでも行きませんか?」
………? こいつ何が目的だ?
金か? それとも俺が此処に入り込んだスパイだと気付いて早々に処分しに来たのか? もし後者だったら凄い演技力だ。俺でも見抜けないって相当だぞ。
まぁ、俺の場合、あんまり人の顔色うかがうと疲れるから滅多に人間観察しないんだけど。
……だからソウルが俺を好きだったことに気づけなかったんだとか言うんじゃないぞ⁉
「わかりました。では私が勝ったら?」
「その時は100万支払いましょう。どうですか?」
「随分と好条件ですね。あなたが損をするだけでは?」
「こちらが持ちかけているんです。こちらが不利になる賭けをするのは当然でしょう」
成る程ね。……もし負けて刺客を差し向けてきたら打ちのめせばいいか。ここでビビって降りるのはエステレラの名が泣く。
「いいでしょう。ではやりましょうか」
柏手を打ち、服の袖で手のひらを隠しながら机の上に盤を取り出す。収納から取り出しただけだけど、手品っぽく見えるだろう。
今怪しいと思っているやつらの目もこれで引けるだろうし。
「っ⁉」
「あ。私、一応手品師なんです。宝飾店は副業ですね」
手品の域を越えている気がするが、全部手品としてしまえばいい。椅子に座ってから駒の入ったケースをまた収納から取り出す。
「白と黒、どちらになさいます?」
「じゃ、じゃあ黒で……。素晴らしい特技をお持ちなんですね」
特技というかなんというか。説明もめんどいので笑顔で肩を竦めるだけに留めておく。
「では先攻、いかせていただきます」
ポーンを動かしつつ、相手の出方を見る。
徐々に白と黒の駒が動き始めた。
どうやら向こうは相当な自信があるらしい。何度か悪手で誘ってくる。引っ掛かってやらないけどね!
「本当に初心者ですか?」
「ええ。初心者ですよ。そしてあなたも相当な棋士ですね」
あ、ナイトとられた。まぁ最初から捨て駒にするつもりだったしいいけど。
少し、やり方を変えてみるかな。
「……?」
やっぱりあっちも気付くか。こちらの布陣が守りに入っていることに違和感を感じているらしい。
それにしても盤上は楽でいい。現実と違って人が死ぬことも無いのだから。
「チェック」
王を動かして避けられた。あっちも攻めあぐねているらしい。こっちが守りなのか攻めなのか判断しにくい形で陣を張っているからだ。
でも、やっぱり。
「ヒロさんよりは、弱いかな……」
俺にいろいろな事を教えてくれた近所のお兄さん。ゲームもスポーツも料理も、全部彼から習った。
あの人は今の俺を見てどう言うだろうか。呆れるだろうか。誉めてくれるだろうか。……もう俺とは関係ないけどね。
「チェック、メイト。です」
周囲が一気にざわめき立つ。相手も酷く驚いているらしい。
「私の勝ちですね。あ、でも100万は要りませんよ。久々にゲームができて楽しかったですし、手心があった相手にそんな要求出来ませんしね」
最初は完全に手を抜かれていた。途中から本気になったっぽいけど、もうその時には俺の布陣は完成していたしね。
お金も要らんし、情報はある程度集め終わった。全員の視線がこっちに集中していたからゴーレムたちに周囲を調べ終わらせられたし。
金属の臭いは、よくわからん機械だった。火薬の臭いも付着しているからとりあえずゴーレムを一匹配置するだけにしておいて放置してある。後で友里さんに確認とらないと。
「あ……ありえない………何者なんですか」
「何者……と聞かれましても。私はただの手品師です。チェスは友人に習いましたので、もし何者なのかと問うならば友人に問うべきなのでは? 彼がなんなのか私もよく知りませんが」
ヒロさんって本当何者なんだろうか。世話やいてくれたけど、ヒロさん本人のことは俺もよく知らないし。
なにかで表彰されまくってたのは知ってたけど、自慢しない人だったからなぁ。トロフィーなんて大量にあるのに全部押し入れに詰め込んで埃被ってたし。
スピーカーから鐘の音がする。どうやらお開きの時間らしい。
「またいつかご縁がありましたら対戦しましょう。会えるかはわかりませんけれど」
適当にそんなことを言ってチェス盤をしまってその場を直ぐに離れた。ここから先は本格的に護衛のお仕事かな?




