百六十一日目 危険な香り
ーーーー≪ブランサイド≫
それにしても、なんだか不穏な場所だ。嫌な感情が渦巻いている。
「親父の周りにいるやつらみたいだ」
「なにが?」
「俺ちょっとコールドリーディングが得意でさ。表情、声色、目線で相手の考えてること何となくわかるんだが、ここにいる人たち皆嫌な感じがする。勘でしかないけど」
水面下で銃を握りしめている人達。隙を見せてしまえば言葉や圧力という弾丸で撃ち殺そうとして来る。
こういうの、嫌いだ。
「早めにここから退散すべきだろうな。身の安全を第一に考えるなら」
「でも、流石にそれは」
「わかってる。だから俺が来た。わざわざこんな似合わない格好してまで入り込んでるんだ。何もつかまずに帰れん」
とりあえず、会場の視線はある程度集めることには成功した。ここからどこまで目立たずに情報収集できるかが鍵になってくる。
「せめて、友里さん達を殺そうとしている相手を見つけなければ割りにあわん。なんとしてでも尻尾は掴む」
「出来るの? そんなこと」
「俺を誰だと思ってる。世界一の情報屋名乗ってんだ。給料以上の仕事はするよ」
「え、情報屋?」
………あ。言ってなかったな。
「まぁね。マジシャンってのは表向きの仕事で、裏では情報の商売、場合によっては傭兵業も営む。それが有数の資産家になった理由さ」
これくらいならバラしても問題ない。友里さんなら他言もしないだろうしね。
「んじゃ行きますか。俺は駆け引きは苦手だが、盗みは一流だぜ?」
「それ、最低だね」
「ははっ、最高の誉め言葉だ」
ボイスレコーダーを起動させてから会場に戻る。
最初は誰かが話しかけてくる筈だ。ここは貴族のパーティーじゃない。挨拶の順番が決められているわけではないのだから。
壁際に立って会場の構造を確認していると、早速数人の男女が話しかけてきた。
「初めまして、支援者のかたですか?」
「いえ。今日は浅間さんに招待していただいたので、少し遅れましたがこちらに」
「そうですか。ご友人の方で」
「はい」
……表情が変わったな。支援者ではないと知った時点でどう利用するのか探っているのか?
少し欲を煽ってみよう。
「ですが、これでも宝石店を経営していまして。支援のお話にも少し興味があるのです。……とは言いましても、両親から受け継いだ店なのですけれど」
両親から受け継いだ、という単語に片目が反応した。もう少し分かりやすくバカっぽい感じを見せてみるべきだな。
「私自身、権限は社長ではあるのですが経理や財産管理は全て部下に任せっきりでして。投資について教えてくださいませんか?」
お金ならあるアピールは必要だろう。それから、経理には詳しくないということも言っておけば一見して操りやすそうに見せられる。
目の前の男はほんの少し口の端を引き上げて、そのまま喋り始めてくれた。自分から聞いといてなんだけど正直あまり興味のない話題なので適当に相槌を打っておく。
「この利益は―――だから、そうじゃない方法だと―――」
なんかすっごい真剣に語ってくれてる。聞き流してすんません。
どうやらこの人投資マニアらしい。さっきの反応はそれでか。
……まぁ、思わぬところで釣糸にかかってくれそうだが、今は放置だな。真横で聞き耳立ててるのは俺には丸見えだし。
「という訳なんですよ!」
「そ、そうなんですか……私の見聞が狭いからか、知らないことが多くありました。教えてくださりありがとうございます」
知らないことだらけだった上に半分以上聞き流したけどね。
一度場所を変えるか。この人は特に悪意無さそうだし、情報もそれほど引き出せそうにない。
するするっと人の合間を縫って奥へと進み、飲み物の置いてあるところに着く。
普通にお酒を渡された。俺まだ未成年ですけど。
あっちでは付き合い程度には飲む(飲まされる)けど、こっちの酒はどうだろうか。あ、酒飲んでることはソウルには内緒な。
「へぇ……」
雑味が薄くて美味しいな。あっちのは質が悪いし。
王族に献上しても問題ないくらいの味だ。
普通にグラスを傾けていたら、少し回りがざわつき始めた。
……え? 俺なんかした?
「ちょっと、ツキ」
友里さんが近付いてきて、小声で話しかけてきた。
「なに。なんでこんなに人集まってんの?」
「それ、何かわかってんの?」
「酒」
「いや、そうなんだけど……平気なの?」
「なにが」
「アルコール度数、とんでもないんだよ、それ」
え、これが? そうか?
「でも俺が飲まされるやつもっと強いけど」
「これより強いって度数いくつよ?」
「さぁ? けど火がつく」
火酒と呼ばれる酒だ。最初は一口でぶっ倒れるかと思った。強すぎるんだもん。その内慣れたけど。
「……ツキに常識を持ち出した私が悪かったわ」
「やめてくれ俺が馬鹿みたいな言い方するの」
ちょっとは傷つくよ?
「っと、そんなことより。見付けたぞ。ただ、主犯ではなさそうなのが残念なところだな」
「見つけた?」
「黒幕。雇われなのか、ただの協力者なのかはわからんが無関係ではないな。表だって動く気もなさそうだからあくまでも副メンバーの一人なんだろうけど」
とりあえず今は放置するしかない。何か動き出してからじゃないと、つかめる尻尾もつかめない。
早く動きすぎても遅すぎてもダメだ。タイミングを見計らう為にもとりあえず監視だけはつけて後は泳がせておこう。
監視をつけることすらもあっちの読みのうちに入っていたら、正直俺が頭脳戦で勝てる相手じゃないけどな。その場合は戦力による強行突破しかなくなる。
このパーティーに参加している人のうち、二人が明らかに怪しくて、一人が微妙なところだ。そこまではわかったんだが、時間が足りてないからか大したことはわからない。
「友里さんも用心しておけ。火薬の臭いもまだ漂っている。何に使われる火薬か知らんが、招待客に敵が紛れ込んでいるのは確かだ。そこと、その人。あと怪しいのが椅子に座ってるあの人」
「この短時間でそんなにわかったの?」
「逆に言えば怪しいってことくらいしかわかってないけどな。とりあえず俺が目にいれておくが、自分でも逃げられるように準備はしておいてくれ」
何かあったら一目散に逃げてくれる方が、突然ナイフつきつけられてパニックになるよりずっと助かる。
混乱すると人間動かなくなる人多いから。人質にされても面倒だし、守らなきゃいけない存在が近くにいると邪魔で仕方ないし。
「文月、葉月。見回る範囲を広げてくれ」
外で旋回しながら何か起きないか見張る鳥形ゴーレム、文月と葉月に命令を出してから再び周囲の臭いを嗅ぐ。
「やっぱり位置が固定されてる。……ってことはどっかに隠してある可能性が高いか」
回りに漂う金属と火薬の臭いはある一定の方向から流れてくる。
誰かが所持し続けているのならもう少し分散される筈だから、臭いを発している何かはどこかに置いてあると見るべきだ。
だがこっちは招待客としてここにいることになっているから下手に動き回るのはあまりよろしくない。
アニマルたちは見つかれば危険だし、かといって爆弾とかだったらヤバイし……。
どうするかな……。




