百六十日目 招かれざる招待客
友里さんが部屋を出て十分後、キリカが部屋に入ってきた。
「マスター。話は聞きましたが」
「ああ、勝手に俺が決めて悪い」
「私はマスターの所有物なのでそれは構いませんが、今回の件はマスターが行かれた方がよろしいかと」
え、なんで?
「社交界の礼儀作法などはマスターの方がご存じでしょうし、色々と私はこの世界においては知らないことが多いので」
「んー、でも俺もこっちに関してはそこまで詳しくないしなぁ……。俺が身に付けてる作法ってあっちの貴族のものだし」
ある程度は通用するかもしれないけど。
「もし何かあったときはマスターのほうが対処できるかと」
それに関しては一理ある。
キリカはこの世界の常識を知らない。俺も結構無視しているところはあるが、最低限のマナーは流石に覚えている。
「そうだなぁ……? ん?」
……ちょっと待て。
「俺が行くの?」
「はい」
「服は?」
「授与式のものがございますでしょう?」
自分でもわかるくらいに顔がひきつった。
「あれを、着ろと?」
「よくお似合いでしたよ」
「俺にはただ気色悪いようにしか見えなかったんだが。滅茶苦茶動きづらいし」
キリカが首をかしげた。
「そう仰られましても。私は礼服など持ち歩けませんので」
「お前、最初から俺に行かせる気だったろ」
「はい♪」
いやだぞ。もうあれは嫌だ。
戦争の勲章の授与式で着せられた(不本意)あのビラッビラの服を着ろと? マジで⁉
確かに、この世界でも十分問題無さそうなデザインだしやけに目立つわけでもない。が。
「着ないぞ」
「マスター。左手を出してください」
「俺は断固として着ないぞ‼」
「では喉に手を突っ込みますがよろしいですね?」
やべぇ。キリカが話聞かなくなった。
キリカって相当頑固だから強行突破されるぞこれ。
「や、やめろっ!」
「やめませんよ。ほら、口を開けてください」
くっそ。口からも収納の出し入れができることがバレてしまったから逃げようがない。
「えっと、二人とも何してんの?」
「ゆ、友里さん! すまん助けて―――」
「なんともありませんよ。すぐにマスターがそちらに参りますので先に行っていてください」
キリカ⁉
「え、ああ、うん。わかった……」
友里さんも俺がキリカに顔面押さえつけられてるこの状況見て止めようとしてくれないの⁉
「さて。早く収納の入り口を開けないと喉の奥に手が入り込んでしまいますよ」
ちょ、待て待て待て待て! ち、力強っ⁉
ーーーーーー≪友里サイド≫
「あの二人は何やってたんだろ……」
そもそも関係からして謎なんだよね……。キリカさんに聞いてみたりしたけど、よくわかんなかったし。
今回の感謝会は私達浅間グループの共同開発ソフト『IKフィルム』の支援者に向けて開催されるもので、お父さんは朝からその準備にあたっている。
本当は私も最初から参加するべきだったんだけど、あの二人も家にいたし人手は足りているということで準備は全部やってもらった。
会場に入ってからは支援者への挨拶を済ませ、雑談という名の懐の探り合いが始まった。
「親子で開発なんてすごいですよね。身内がいるとやりづらいって普通は全く別の研究をするものですのに」
常に皮肉を言われ慣れているのでこれくらいなんとも思わない。
それより、ツキはどうするんだろう? 私が気づいてないだけでもうここにいるのかな?
いつのまにか侵入してそうだし。
「友里、そろそろスピーチだ」
「あ、うん」
ツキを見つけられないまま後半のスピーチに入ってしまった。
「……浅間、友里です。本日はこの場に足を運んでいただき、大変嬉しく思います。皆様もご存じの通り、IKフィルムは―――」
予め頭に入れておいた言葉をスラスラと思い出しながら話す。すると途中で人の出入りがあった。どうやら遅れてきた人らしい。
空気がどよめいたと勘違いするほど、一瞬、音がなくなった。
入ってきた人はなるべく音をたてないようにしているのか、丁寧に扉を閉める。
派手ではないのに、一目見ただけで判るくらいに上等な黒いドレスを着て足音ひとつさせずに部屋の隅に移動する。
それだけなら普通にいるかもしれないけど、なんというか……とてつもなく目立っている。品がないとか、そういう話ではなくて。
存在感が違うというか。静かに目立たないように行動しているはずなのに皆そちらを振り向いてしまう圧倒的な何かがあった。
「っと、私のスピーチはこれで」
一度スピーチが止まりかけた。まぁ、ほぼ全員があの人を見ちゃったから仕方ないんだけど。
舞台を降りると、壁際に立ったあの人が涼やかな笑みを浮かべて会釈してきた。慌てて会釈を返す。
………けどあの人誰?
そう思ってたら等の本人がこっちに近付いてきた。
「遅れてしまってごめんなさい。せっかく呼んでいただいたのに」
「え、ええ、はぁ……」
変な生返事を返してしまった。周囲の目が集まっているのを感じる。
「遅れてきた身でこう言うのは恥ずかしいのですが、お手洗いにご同行願えませんか? 方向音痴でして……」
係りの人に聞けばよくない? って思ったけど回りの目が集まっているこの状況では断れない。
トイレに入ると、後ろから盛大なため息が聞こえてきた。驚いて立ち止まると、鏡を見ながら髪を指先で弄っている。
「あー、ったく。恥ずかしいったらありゃしない」
「え?」
「あ? ……ぁ。そうだった。遅れてすまんな」
「へ?」
………この人、誰?
「何方ですか?」
「何言ってんの? 俺だよ。ツキ」
「どこが?」
「どこって……全部が。っていうかそれどういう質問?」
頬を掻きながら不審げな表情をするツキ(⁉)
「いや、だって格好とか」
「似合わねぇだろ? 勲章の授与式で勝手に作られて無理矢理着させられたもんなんだけどさ、無駄に上等だから捨てれなくてな」
これが似合わないっていったら私はなんなの?
「声とかだって、なんか変だったし」
「ちょっと高めに声だしてるだけだよ。俺の地声って結構低いから女性の音域には微妙に外れてるんだよな。それに、潜入調査なら結構経験がある。上手い具合いに他人の目に留まらないくらいで頑張るよ」
遅れてきた時点でちょっと失敗だけどな、とケラケラと笑う。
今のツキとさっきのこの会場に入ってきた女性とは全く別人にしか見えない。
「それに、俺がここに来たのも無駄じゃなくなりそうだ。残念なことに、と言わざるを得んが」
「どういうこと?」
「火薬の臭いがする。そこかしこに匂ってる香水の中に混じってるから出席している人の誰かが火薬を使ったなにかをするつもりだろうな。……花火師が招待客に混じってるっていうんなら話は別だけど」




