百五十七日目 フル・ファイト
ぼけっと暇を潰していると(潰せてないけど)、目の前を何かでかいものが横切り反射的に受け止めてしまった。
意識が一瞬飛んだんじゃないかと思うくらいまでボーッとしてたからなんなのかも確認しなかった。
「「えっ?」」
人間だった。
突然のことに理解が追い付かない。
「ちょ、へ? 何事?」
吹っ飛ばされてきた人をまじまじと見ると相手は気まずそうに目を逸らした。あ。これ関わらない方がいいやつだ。
すっとその人をベンチに座らせてから逃げる。
「ここで置いてくか普通⁉」
「いや、関わらないほうがいいだろうし……俺待ち合わせしてるし面倒なの嫌いだし」
「そうだとしても『大丈夫ですか?』くらいは言うだろ」
「知らん。俺はそんな常識知らん」
さっさと一旦ここから離れなければ。踵を返すと服の袖を掴まれる。
「離してくれ、俺は面倒事はごめんなんだ」
「頼む、少しの間でいいから匿ってくれ」
「ほら絶対面倒事じゃないか! 俺は嫌だぞ!」
匿うなんて単語普通に暮らしてたら使わないよ!
「後で礼はするから」
「問題はそこじゃねぇ。礼なんざいらん。他の人に頼んでくれ。俺は嫌だ」
「ガキかよ」
「ガキで結構。さっさと手を―――」
離せ、と言おうとした瞬間に鼻につく匂いがした。
まさかとは思うが……こいつ、怪我してねぇか?
「おい、お前怪我してないだろうな?」
「さっきちょっと切ったが……」
「っ、見せんでいい! ああ、こんなときに……!」
そうと意識すると血の匂いに鼻が向く。
正直最近殆ど飲めていないから喉が乾いて仕方ない。血入りのボトルももう数口ぶんしか残っていないのもあって、ここずっと満足に腹を満たせていない。
「お前もう本当にどっか行け―――」
「おい、あんたなんなんだ? こいつの仲間か?」
………ゲッ!
最悪のタイミングで来やがった。恐らくこいつを狙っているであろう男共。
「違―――」
「そうなんだよ」
「ざけんな俺を巻き込むんじゃねぇ!」
絶対ヤのつく人だろ、こういう人たち。チンピラだろうがヤクザだろうがどうでもいいが、俺はこっちでは目立たないって決めたんだ!
「そうなのか」
「違う。俺はただの通行人だ」
「なんかその言い方が怪しいな」
じろじろと見られ、
「ガキじゃないか」
悪かったなチビで!
っていうかさっさと逃げたい。なんで俺がこんな羽目に。
「おい、ガキ。そいつをこっちに引き渡せば半殺しで済ませてやる」
「手を出さないってのは選択肢にないのか」
「ああ、お前が女だったらまだ他にもあるが……ま、男だからな。半殺しでいい」
「へぇー? そうかぁそうかぁ」
久々に頬がひきつる。どうやら俺は無意識にイラついているらしい。男と間違われることは最早どうでもいいが平然と半殺しだとかなんだとか言うやつは大嫌いだ。
ただここでぶん殴ってスッキリしたとしてもお縄にかかるのは俺だ。正当防衛だと思われるような方法でぼこぼこにしなければ。
……なんか、俺メイド達の考え方に染まってないか? 疑わしいやつはとりあえず殴る、みたいな……。
俺に関係することのみに反応するだけなのでまだいいが野に放ったら大変なことになりそうだ。
……メイドに注意する立場の俺も気を付けなくちゃ。
「あのさ、俺本当にこいつのこと知らないし面倒事はごめんだ。今ここで正義感を振りかざしても不利なのは俺だし」
「あ?」
「要するに、だ。俺と簡単なゲームをしないか? 殴り合いは避けたい」
相手の顔が、憤怒からか見てわかるくらいに歪む。
下に見ている相手に上から目線で持ちかけられれば誰だってそうかもしれないが。
「俺たちとやって勝負になると思ってんのか?」
「思うよ。これでも俺は殴り合いに関してはそれなりに強い自負がある。あんたたちに利点がないからということなら……そうだな。20万円賭けるって言ったらどうだ」
20万くらいならなんともない出費だ。もし負けても特に懐は痛まない。
「いいねぇ。ただし20万じゃねぇ。50万だ」
「ふーん。ま、別にいいけど勝負に横やりは入れるなよ? 俺は50万、そっちはその変態と俺から手を引く。これでいいな」
「ああ。それで? なんのゲームだ?」
なんかこいつ凄い自信だな。俺には関係ないけど。
「そうだな。純粋に花札とかポーカーとかでもいいが、ルールはわかるか?」
「知らねぇな」
「そうか。じゃあオールドメイド……日本語で言うババ抜きは知ってるよな?」
これ知らないって言われたら流石にな。
「知ってるが、そういう古臭いのじゃなく最新のゲームで話をつけないか?」
「最新のゲーム? ……どんなやつだ?」
「格ゲーはどうだ? フル・ファイトとかな」
……知らねー。この世界独自のゲームなのかもしれないな。
「……じゃあそれでいい」
どんなゲームなのかも知らないけどな!
ってことで移動中。
「おい、大丈夫なのかよ」
「俺に聞くな。ここ数年ゲームなんて触ってないから正直なんとも言えん。しかもフル・ファイトなんて聞いたことない」
「お前ガキなのにゲームもしないのかよ」
「ガキじゃない。俺は今年で成人だ。それより着いたみたいだな」
さっき買い物行くときにスルーしたゲームセンターについた。先回りしてアニマルゴーレムにフル・ファイトなる格ゲーを探してもらったところ、なんか妙に筐体のデカイやつだった。
俺の世界でも一昔前って感じの古臭いやつ。
……こっちの方が古くね? とは思ったがまぁ、文句は言うまい。
「それにしても、こういうタイプの筐体久々に触るな……」
左側にはスティック、右には四色に塗られた7つのボタンがある。オーソドックスな配置だ。
押してみると、やけに軽いスイッチなのがわかった。使い込まれている証拠だろう。
「じゃあ、改めて確認する。三回勝負してその内二回勝った方の勝ち、50万と変態の総取りだ。それと、ズルした場合は失格。これでいいな?」
「ああ」
相手チームは始終ニヤついている。俺の手つきが明らかに素人なのに気づいているらしい。
だって俺の時代のゲームなんて主流はVRだ。こんな旧式の物触ったことすらない人も大勢いる。
念のために今の会話を録音しておいてからゲームに手をかけた。
指先からひんやりとした感覚が伝わってくる。
コミカルな音楽がやけに主張してくるのが気になって仕方ない。そして真後ろからの変態も煩い。
「おいおいおい、ヤベェって!」
「煩い」
「けどぼろ敗けじゃんか!」
「元々勝つつもりはない。諦めろ」
見たこともないゲームで熟練者に勝てるわけないだろ。
あっさりと一ラウンド目が落とされた。
あっちの体力はほぼ満タンだから俺は一発も入れれてないことになる。
「ああ、終わった……まじで」
「煩いな。さっさと黙れ」
相手がニヤついていた意味がわかった。俺が素人ということもそうだが、こいつ相当上手い。
ガードや攻撃のタイミングもそうだが、このゲームをやり込んでいるのは確かだ。
「ま、安心しろ。なんとかなるさ」
「なんともならねぇよ……」
崩れ落ちる変態。もう煩いからそこで寝ててくれ。
第二ラウンド目が始まるファンファーレが鳴り響いた。指の関節をほぐしてゲーム機に手を置く。
「もう、覚えたから」
始まった瞬間に右上、左上、真ん中のボタンを連続で押してスティックを半回転させる。
さっきぼこぼこにやられている時に天井から覗いているアニマルゴーレムからの映像をずっと見ていた。あいつがどうやって動かしているのか、把握するために。
思った通りにジャンプからの回し蹴りが相手にクリーンヒットする。
「「「なっ」」」
反対側の筐体から声が上がった。その声に反応して今度は真下の変態が顔をあげる。
「え、勝ってる! なんでっ⁉」
「黙れ。集中できない」
フル・ファイトとよく似ていたゲームを、近所の兄ちゃんに連れていってもらったゲームセンターでやった覚えがある。
コマンドも操作も完璧に同じというわけではないから少し戸惑ったが……
「コマンドさえ覚えればこういうのは勝てるんだよ」
二ラウンド目はとれたが……次はどうくるだろうか。




