百五十六日目 リリスがいない
キリカにある程度の金銭の価値観を教えてから行ってもらった。
……筈なんだが。
「宝石17点を682万円で売却して参りました」
「やりすぎだよ」
そもそもあれにそこまでの価値なんてあったか? ないだろ。
大きさもわざと壊して小さくしたやつを持っていかせたし、ほぼ原石の状態だからそこまでの値にはならないと思うんだが。
「威圧とかしてないよね?」
「もちろんでございます」
「………」
「………」
まぁ、本人がそう言うなら信じよう……。キリカのことだからちゃんと口止めもしてるだろうし。
「これ、どうすんのよ……」
「ああ、うん。俺もちょっと想像してたのより多すぎてビビってる」
「逆に幾らくらいだと思ってたのよ」
「いって百万かな、と……。正直、大きいのはわざと壊したし全体的に質も良くはないやつばっかりだったし」
逆になんでこうなるのか。キリカの感覚がおかしいのか俺たちがおかしいのか。
「あー、もういいや……。金が手に入ったんならそれでよし。友里さん、半分くらいいる?」
「要らない要らない」
「俺達も別にそんなにいらないんだけど。軽く必要なもん買い出すだけの為の金のつもりだったし」
もしあるのなら輸血パックとか売ってもらえないかなとか。
本当に必要なのは滞在費と食費くらいなんだけど。
「………これでどれだけの血が買えるかな」
「え?」
「いや、なんでもない。それより友里さんはこれからどうする?」
「今日は仕事休み」
「そっか。……ちょっと買い物に付き合ってくれないか」
一瞬ポカンとした表情になった。なぜに。
「なんの顔、それ」
「いや、別に……。その格好でいくの?」
「だから行くんだろうが。服だよ服。俺はセンスがないし、キリカに至っては多分感覚が古くさい」
俺もそうだがキリカの感覚はこの時代よりではない。誰かに頼んだほうが絶対にいいだろう。
「よくわからないけど、わかった。そういうことなら良いよ」
ということで。
未だに爆睡中だった広大さんに書き置きを残してから三人で出かけることになった。幸い服屋は近いらしく数分歩いただけで着いた。
店内は明るく、至るところでロボットが稼働していた。
「何着買うつもり?」
「俺は三着くらいでいいよ、着回すし。キリカは?」
「マスター」
「?」
「ここ、メイド服がありません」
普通ねーよ。
「ここに来てまでなんでわざわざメイド服だよ。折角ならもっと可愛いやつ買え」
「ですがそれですとエステレラのメイド長は制服すら着ないという噂がたってしまいます」
「ここで誰が俺の家を知ってるんだよ。それに俺はメイド服を強制した覚えはないんだけど」
キリカが胸を張り、
「精神の統一でも制服というものは有効でありますので」
「ああ、そう……」
別に精神を統一する必要もないと思う。
俺のために働いてくれるのは嬉しいけどあんまり強制もしたくないんだけどな。
「えっと、で、どうするの?」
「じゃあ6着分くらい買うか。服はあっても困らないし」
この店で驚いたのは、俺が昔日本で着ていたのと同じような服ばかりだったことだ。流行はなんども巻き戻るというが、うまい具合に俺の年代と被っていたらしい。
まぁそもそもここは俺の住んでいたところではないからな。所謂平行世界、パラレルワールドだ。
日本という国ではあるけど、ここはあの国じゃない。
だからこの世界には俺の友達も家族もいないんだ。
それがなんだ、って話でもあるけど。
別に知り合いが居ようが居まいが問題ない。
適当に服を選んでからその場で着替え、周りからの視線も減った、と思う。
正直変わらない気もするが。
「後は食料品の買い出しだな。俺一人でも行けるから二人で買い物してきたらどうだ」
「え、でも」
「どうせ俺について来ても暇なだけだぞ? 俺結構長考するタイプだし」
とりあえず収納から10万円程取り出してキリカに渡した。
「それだけあれば十分だろ。行ってくるから二時間後にこの店の前にあった噴水で集合しよう。じゃ」
一方的に金だけ渡して俺はスーパーに向かう。
ひんやりとした空気の漂う鮮魚コーナーなんかを歩いていたら、なんだか妙に懐かしく感じた。
ここ数年、買い物は基本的に商店街ばかりだったからな。
「卵を2パック、パンも買っとくか……」
当初の予定より買うものが大分増えている気がするが、まぁいいや。金ならあるし。
俺が二人にショッピングを促したのは、二人の関係がなんかどうしても一歩引いたものになっていてギクシャクしていたからだ。
もう少し仲良くしてくれと思う。
「全部で1万3千5百円になります」
……これは買いすぎたかな。日用品も買ってるからか。
それにしても落ち着かない。服がいつもの星操りシリーズじゃないのも、武器を携帯していないのもそうだけど、なんか周りから妙に見られている。
なんで?
………あ。目とか髪の色か?
髪は一部分だけ青いし、目の色も色素が薄いにも程があるくらいの色してるからな。
パッと見不良に思われても仕方ないな。そういえば服屋の店員もちょっと引いてた気がする。
というわけで背中の鞄に野菜やらなんやらを詰め込む振りをして収納にしまい、帽子屋で髪を全部隠せるキャスケット帽を買った。
二時間は長すぎたか。約束の時間まであと三十分くらいある。
「近くに本屋とかは無いしなぁ」
ファッション関連の店はそれなりにあるんだけど、俺が見て面白そうな店はない。
仕方ないので噴水前のベンチに座って日向ぼっこをすることにした。
けど五分で飽きた。なにもしないのって寧ろ疲れる。
話し相手がいないのも辛い。
あっちの世界で捕まった際にリリスと月光は取り上げられてしまった。常になにか話しかけてくる相手がいないのって、なんだか凄く寂しく感じる。
日本に来たのは時間稼ぎと魔法を使うためだ。その魔法は数日間かけて体に定着させるタイプのもので、簡単な抵抗系の魔法で上書きされればすぐに効果が切れるほどの弱い魔法。
だから上書きされないようにわざわざ日本まで飛んだんだけど、この判断は正しかったのか、どうなのか。
誰も答えてくれない問いに一人で悶々とするしかなかった。




