百五十二日目 お守り
食事は俺が持っていた非常食ですませた。正直、俺の持ってる鞄に対して出してるものが多すぎるとはちょっと思ったけど誤魔化すしかない。
収納のことを明かすわけにもいかないしな。
今はキリカ達を休ませて俺は机に向かっている。この世界で魔法が一般的でないのを見ると、ルーン魔法は使わない方がいい。
詠唱の方も、緊急時以外はなるべく使用しない方がいいだろう。どんな弊害があるかわからない。
だが、俺は元々壁役だからそれに必要ありそうな魔法ばかり覚えていて、魔法以外の遠距離攻撃手段は以外と少ない。
例えば陰陽道。これは俺の知ってるやり方だと媒介になるものを使って敵を攻撃したり、使い魔呼び出したりする。
これ、苦手なんだよ……。
出来ないわけではない。だけど精度も威力も全力でやって手加減したときの魔法の威力の半分くらいしかでない。
ダメダメだ。これに関しては俺は才能がない。
なんとか扱えるのは札術、要するに御札を使った霊術のことだ。魔力を使う物を魔法、魔術といい、それ以外のものを使うものを霊術という。
だから厳密に言えば札術は魔法ではない。ゲームだとMP消費ではなくSP消費で使う技だ。
実際に使ってみると、なんか怠くなる。生命力を使ってるとかそんな感じなんだろうか。使い過ぎるとヤバそうだ。
「ツキ、まだ起きてたの?」
「友里さんか。寝れなかったか?」
「昼間、あんなことがあったしね……」
ランタンの灯りに照らされたその表情は暗かった。
「そうか。そうだよな、普通は」
「まるで自分が普通じゃないみたいな言い方ね」
「良くも悪くもその通りってやつだな。ああ、お茶でも飲むか?」
「うん。ありがとう」
横にあったポットからお湯を注いで二人ぶんの緑茶をいれる。
このポットは俺が後で仕事に使う。
「何やってたの?」
「魔法の下準備」
「へー、大変ね。手品師って」
同じマジックでも認識してるものの違いで話してる内容大分変わるな。
お茶を飲みながら、黒く小さい壺にお湯を注ぐ。中には固形の特殊なインクが入っていて、お湯を注ぐと使えるようになる。
ある程度時間をおいたらそこに筆を突っ込んで札に陣を書く予定だ。
「怖いか?」
「?」
「帰るのが、怖い?」
殺されかけたんだ。強がっているのは見れば直ぐにわかる。
「怖いよ。でも、帰らなきゃいけない。私もお父さんも、必要とされているところがあるから」
……強いな。転生してからならともかく俺が日本に居たときにはこんな発想できなかっただろう。
死にたいと願う時期すらあったしな。
「凄いな。俺には……少なくとも昔の俺には無理だ」
「今は?」
「今は守るべきものがある。どんなことがあってもそれだけは守り抜かなければいけないものが」
キリカも、ソウルもエルヴィンも。皆守りきろうなんて贅沢かもしれないけど、俺の力はそのためにある。
今さっきまで作っていた手のひらサイズのストラップを渡す。
「これ、俺が使うつもりだったけど……友里さんにあげる」
「これは?」
「お守り」
勿論、ただのお守りじゃない。竹で編み込んだ球状の籠の中には5つ、俺の魔力を込めた石をいれている。大抵の攻撃なら弾いてくれるはずだ。
「きっと一度くらいは助けになるだろうよ。俺の作った道具だから多分役に立つ」
「凄い自信ね」
「これでも道具作りは結構得意だし、周りの評判もいいんだよ」
壺に筆を突っ込んでインクをつけ、短冊状の紙に文字や図形を書き連ねていく。
慣れてるからほとんど手元を見なくても作れるぞ。
「マジック見せてよ」
「いや、仕事の安売りはしないんだよ」
「ケチ」
友里さんが小さくあくびをした。
「眠いなら寝たら?」
「だってツキは起きてるじゃない」
「俺は寝ないからいいの。今日は外を警戒しておいた方がいいし、俺は数日くらい寝なくても大丈夫な体質だから気にすんな」
数日どころか頑張れば一ヶ月くらい寝なくてもいい。ただし血は飲まなきゃいけないけどな。いつもは節約のために寝ているだけだ。
「ほら、明日から忙しくなるぞ。早めに寝とけ」
「でも」
「いいからいいから」
無理矢理言いくるめて作業に戻ると、渋々友里さんはキリカと広大さんが寝ているところに歩いていった。
次の日、俺が体を解していると友里さんが起きてきた。
「お、早いな友里さん」
「おはよ、っていうか寝てないんだっけ」
「まぁな。さて研究所の場所もちゃんとわかったし午前中のうちに着きたいな。飯は机の上にあるから食べちゃって」
結局一晩中札を書いて終わった。
この辺り一帯の地図を完成させたアニマルゴーレム達の働きからすれば微々たるものかもしれないけど。
「一雨、降るかもしれないな……」
東から流れてくる空気は、若干湿っていてどこか生暖かい。
ちゃんとした雨具がないから降る前に仕事は終わらせておきたい。防水仕様とはいえアニマルゴーレム達も長時間雨にさらすのは危険だからな。
自分で作っといてなんだけど結構面倒な構造してるから修理も大変だし。
アニマル達から送られてきた地図の最短距離を進むか。道なき道を疾走することになるけど俺とキリカなら問題ない。
十数メートルの谷なんてジャンプすりゃ越えられるし、木の上を走ってショートカットもできる。熊が出るっていう危険地域も問題なく進めるしな。その場合、熊が俺達の餌食になるが。
そんなことを考えていたら指先に一瞬しびれが走った。
感覚がなくなるタイプのではなく、電流が流れたみたいにビキッと痛む感じの。
「これはうかうかしてられないな……」
痛みの余韻を感じながら捨てられた小屋の中に再び入った。




