百五十日目 浅間
身体を休めつつ、辺りの様子を探る。
「この辺りは全部山みたいだな。どっかに人の通り道でもありゃいいんだが……仕方ない。ちょっと勿体無いが手っ取り早く道を探すか」
収納から親指の先位の大きさの白いたまを取り出す。
俺が作った特別製だが、材料そのものは微妙に値が張るためあんまり無駄使いはできない代物だ。
「それは?」
「まぁ見てな」
地面に叩き付けてガラス質のそれを割る。すると中に封じ込められていた煙が広がり、少しずつ形を変えていった。
「これは周辺の空気や風で地形を判断し、投影する魔法具だ。ここら一帯の立体地図みたいなもんだと思ってくれればいい」
背の高い木や建物があればそこで風が分散されたり留まったりするのを利用した魔法具だ。
俺自身が飛んで辺りを確認する必要もないので初見の場所では地図がわりに使える。
「これは……素晴らしい」
「なかなか良いだろ?」
リアルタイムで煙が動き、周りの状況を教えてくれる。人や機械にも反応するから余程上手い具合に隠蔽してない限りこの辺りのことはすべてわかる。
俺が全力で隠れてなんとか見つからないでいられる、くらいの難易度だから多分相当なんだと思う。
「お、この辺に道が……?」
「どうされましたか」
「なんか様子がおかしい。こんなに細い道なのに妙にスピードを出しすぎてる気がする」
この煙地図からみると少し山を降りたところだ。
「キリカ。これつけとけ」
「マスク、ですか?」
「多分お前は耐えられないと思う」
崖から飛び降りつつゴーグルをかける。ゴーグルの望遠機能でそれを拡大してみると、予想通りなにかトラブルがあったみたいだ。
「マスター。あれは一体?」
「自動車だ。俺の知ってるものとは形状が大分違うが、多分そうだと思う。ゴーレム馬車みたいな物だ」
俺の知ってる車は四輪の鉄の箱、って感じのものだがあれはタイヤがなくてなんか浮いてる。
日本よりも文明が発達してるのか、それとも魔法に近い全く違うエネルギーの存在する世界なのか。とりあえずあの車から煙とかが上がっているのを見るとあまりいい状況ではなさそうだ。
「なにかトラブってるな。俺が止めるからちょっと中にいる人と話してきてくれ」
「お一人で止められるのですか? それほど強くはなさそうですが、それでもそれなりの速度が出ておりますが」
「魔力の戻った今なら全く問題ない。それに素手で止めに行く訳じゃないから安心しろ」
別に素手でもいけそうだけどあの車の表面がやたら熱いとかなってたら嫌だからちゃんと道具を使う。
収納から金属の板を中に入れた布を取り出す。これはちょっと面白い金属で常温だと布状に、極端に加熱すると縮み極端に冷やすと固まる性質を持っている。
合金の一種だけど作り方が結構時間かかるからあんまり量産できないのが悩みだ。この金属面白いのに。
黄色い車が時速120キロくらいの速度で急カーブしつつ突っ込んでくる。
危ないと思ったのか、運転手らしき男性が必死の形相でクラクションをならしている。けどもし俺がなにもせず突っ立ってても車の方が吹っ飛ばされると思う。
どちらにせよ、道幅が狭すぎて逃げる場所ないけどね。
「下がってくれ」
「畏まりました」
キリカに指示を出してから布の端を持ち、突っ込んでくる車に布をかける。この布は細長く切ってあるのでそれらは風に煽られながら車に巻き付く。
車に包帯してる気分だ。
「煽れ、熱風」
超簡略化した詠唱で魔法を発動させ、布を縮ませて更に強く車に巻き付けさせる。
「固めろ、氷結」
そのまま一気に布を冷やして鉄以上の硬度に固める。
「キリカ。中の人に助けてほしいか聞いてこい」
「はっ」
自殺志望者とかだったら俺はお節介だからな。
どうしたいかは最初に聞いとかないと。うん。
「マスター!」
「どうした」
「言葉が通じません」
「あ」
忘れてた。言葉が通じないってそりゃそうだよな。
仕方ない。自殺志望者だったら別の方法を提供しよう。
収納からマイナスドライバーを出して車の表面をぶち抜く。そのまま魔力を流しながらドライバーをぐるりと反転させると雷が落ちたくらいの音をたてながらエンジンが停止した。
「なにを?」
「こいつで電気を流して回路を焼ききった。簡単に言えば電気ショックだよ」
AEDと同じ原理だ。あれは心臓の動きがおかしくなったときに強めの電流を流して正常な状態に無理矢理引き戻すものだが、こいつの場合はおかしくなった機械をそれ以外の被害を与えずに壊すためのものだ。
やり方は同じでも結果は真逆になるけど。直すわけじゃなくて壊してるし。
さて言葉は通じなくても身振り手振りでなんとかするしかないな。
ひび割れた窓ガラスをコンコンと叩いて中の人を確認する。若い女性とちょっと高齢者に差し掛かってるくらいの男性だ。
外に出たいかと、なんかこう……それっぽいジェスチャーで聞いてみると二人とも高速で首を縦に振った。
扉を引っ張っても開かなかったので無理矢理殴って扉を壊した。もう壊れてるからいいかなって。
壊れたそれを手前に引いたら予想以上に軽くて少しよろけてしまった上に勢いで扉を崖下に投げて捨ててしまった。人いないから大丈夫だと思いたい。
二人ともなんかビビりながら車から出てきた。主に俺に恐怖の目を向けてきているのがわかる。暴れすぎたかな……。
「あの、ありがとう、ございます」
……言葉通じなかったんじゃないのか。
「キリカ。普通に言葉通じるじゃないか」
「え? ……?」
? ???
キリカは眉を潜めて首をかしげている。演技には見えないな。
……あ、もしかしてあれか。異世界でも言葉が通じるというご都合主義?
「えっと、日本語、わかりますよね?」
というわけではなく単に日本語が彼女たちの言語だったらしい。キリカが言葉わからないわけだわ。
「彼女はわかりませんが、自分はわかります。お名前を伺っても?」
「あ、私は浅間友里で、こっちは父の浅間広大です」
「ご丁寧にどうも。自分は……あー……ツキとでも呼んでください。彼女はキリカ。身の回りの世話とかしてもらってます」
言葉がわからないが紹介されたのはわかったらしく、キリカが恭しく頭を下げる。
友里さんもつられて頭を下げていた。
ツキっていったのは適当だ。ブランから月って連想しただけ。なんとなく本名は止めといた方がいいと思ったからだ。俺って割りと勘に助けられてるときがあるからその勘に従っといた。
「それで、何があったかお聞きしても?」




